呉竹庵跡(ごちくあんあと)は、高島屋の迎賓館とされていた別荘地跡
京阪電車 鳥羽街道駅の南東の住宅街の中にあり、阿保親王塚に駒札が立てられている
山縣有朋によって「呉竹庵」と命名された
<呉竹庵>
高島屋の迎賓館としての役割を担っていた別荘
大正天皇・昭和天皇の即位の礼のときは、京都に滞在された皇族や華族の方々の宿として提供された
高島屋四代当主 飯田新七により造営された
山縣有朋によって「呉竹庵」と命名された
敷地面積:3590坪
竹中工務店が施工し、
表門は桂離宮を、玄関と正座敷は大徳寺塔頭 孤篷庵を模したといわれる
山元春挙の四曲一双屏風「富岳之図」などが置かれていた
杉戸には、竹内栖鳳や横山大観の絵が描かれていた
(現在は高島屋史料館に所蔵されている)
阿保親王塚の前の弓形の石は呉竹庵の池の石橋だったといわれる