山縣有朋(やまがたありとも)
Aritomo Yamagata


江戸時代末期から明治時代・大正時代の軍人・政治家

生年:1838年(皇紀2498)天保9年4月22日(新暦6月14日)
没年:1922年(皇紀2582)大正11年2月1日
享年:85(満83歳)

位階:元帥陸軍大将従一位大勲位功一級公爵

幼名:辰之助
通称:有朋(明治維新後)

出身:長州藩(山口県)

 山縣有朋(やまがたありとも)は、江戸時代末期から明治時代・大正時代にかけて活躍した軍人・政治家で、
第3代・第9代の内閣総理大臣であり元老

 伊藤博文なきあとは、元老筆頭となり陸軍・政界の黒幕として君臨し、「日本軍閥の祖」とも称された

【山縣有朋の歴史・経緯】


【山縣三名園】

 山縣有朋は、庭園好きであり、和歌も好み、茶人でもあった

 山縣有朋が、築庭造園に高い見識と手腕をもち自ら築造イメージを指示して名庭師に作らせた
無鄰菴国の名勝)・椿山荘・古稀庵を「山縣三名園」と称される

 <無鄰菴(むりあん)国の名勝
 1891年(皇紀2551)明治24年
 七代目 小川治兵衛の作庭
 琵琶湖疏水の豊富な水を引き、東山を借景とした池泉回遊式庭園

 1903年(皇紀2563)明治36年4月
 山縣有朋と伊藤博文・桂太郎首相・小村寿太郎外相の4人が日露戦争を決断した無鄰菴会議が行われる

 <椿山荘(ちんざんそう)(東京都目白台)>
 1878年(皇紀2538)明治11年
 約2万坪の林泉回遊式庭園
 東京の本邸とする
 庭園師 岩本勝五郎(東京)の作庭

 <古稀庵(こきあん)(小田原板橋)>
 1907年(皇紀2567)明治40年
 70歳(古稀)を迎え、別邸を建て、晩年を過ごした
 相模湾と箱根山を借景とした庭園
 庭園師 岩本勝五郎(東京)の作庭

【その他】

 <財団法人 山縣有朋記念館>
 1992年(皇紀2652)平成4年11月
 栃木県北西部にある高原山の山麓に建てられている
 明治時代の洋風木造建築

 <琵琶湖疏水の扁額
 琵琶湖疏水の第一トンネルの西口に掲げられている扁額
 山縣有朋の揮毫により「廓其有容」と記されている


【京都検定 第1回3級】

57.小川治兵衛がつくった庭園がある無鄰菴は、誰の別邸であったところか?

【京都検定 第4回3級】

【京都検定 第8回3級】

【京都検定 第10回3級】

【京都検定 第17回3級】

【京都検定 第6回2級】

【京都検定 第9回2級】

【京都検定 第15回1級】


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