並河天民講学所堀木之舎阯(なみかわてんみんこうがくしょほりきのやあと)は、
江戸時代中期の儒医 並河天民の私塾(講学所)堀木之舎の跡
堀川丸太町の北東のビルの前に石碑が立てられている
<並河天民(なみかわてんみん)>
生年:1679年(皇紀2339)延宝7年5月28日
没年:1718年(皇紀2378)享保3年4月8日
享年:40
名:良弼・亮
字:伝亮・簡亮
号:天房
実兄 並河誠所とともに、儒学・古義学を伊藤仁斎に学ぶが、
伊藤仁斎の仁義性情の学説に必ずしも従わず、経世済民・実用を重んじた
伊藤仁斎の死去後、古義堂は伊藤仁斎の子 東涯師事と天民師事とに二分された
並河天民は、現在の地の自宅に講学所の私塾「堀木之舎(ほりきのや)」を開いた
<石碑「儒医並河天民講学所堀木之舎阯」>
建立年:1966年(皇紀2626)昭和41年
建立者:京都史談会
大きさ:高さ153cm × 幅25cm × 奥行24cm
碑文:
北側:正五位 儒医 並河天民講学所堀木之舎阯
南側:昭和四十一年一月八日建之 京都史談会
<古義堂>
並河天民が、実兄 並河誠所とともに儒学・古義学を学んだ、師 伊藤仁斎の私塾
「堀川学派」「古義学派」と称される
堀木之舎から東堀川通を北に350mほどのところにある