山椒大夫(さんしょうだゆう)

名称:山椒大夫(さんしょうだゆう)

著者:森鴎外

時期:1915年(皇紀2575)大正4年

タイプ:小説

 「山椒大夫(さんしょうだゆう)」は、森鴎外による小説

 江戸時代初期の語り物文芸の説経節の演目の一つ「さんせう太夫」をもとに書かれた

 丹後地方に伝わる安寿姫と厨子王の民話を題材にしている

【山椒大夫の経緯】


【山椒大夫のあらすじ】

 平安時代末期
 筑紫国へ左遷された平正氏の妻と、幼い姉弟の安寿・厨子王らは、正氏に会いに行く途中の越後国で人買いに騙され、
親子離ればなれになってしまう
 安寿と厨子王は、丹後国の荘園領主 山椒大夫に売られ、奴隷としてこき使われる
 やがて成長した二人は、荘園から脱走することを考え、安寿は厨子王に脱走を勧め、厨子王の脱走とともに入水する
 厨子王は、上洛を果たして出世をし、丹後に国司として赴任する
 そこで、姉の菩提を弔い、山椒大夫に対して奴隷を解放し賃金労働者として雇うように命ずる
 その後、母親が佐渡国にいると知り、佐渡に向かい、盲人となった母親と再会する

【山椒大夫の冒頭】

 越後えちごの春日かすがを経て今津へ出る道を、珍らしい旅人の一群れが歩いている。
 母は三十歳を踰こえたばかりの女で、二人の子供を連れている。
 姉は十四、弟は十二である。
 それに四十ぐらいの女中が一人ついて、くたびれた同胞はらから二人を、
「もうじきにお宿にお着きなさいます」と言って励まして歩かせようとする。
 二人の中で、姉娘は足を引きずるようにして歩いているが、それでも気が勝っていて、
疲れたのを母や弟に知らせまいとして、折り折り思い出したように弾力のある歩きつきをして見せる。
 近い道を物詣ものまいりにでも歩くのなら、ふさわしくも見えそうな一群れであるが、
笠かさやら杖つえやらかいがいしい出立いでたちをしているのが、誰の目にも珍らしく、
また気の毒に感ぜられるのである。

 道は百姓家の断たえたり続いたりする間を通っている。
 砂や小石は多いが、秋日和あきびよりによく乾いて、しかも粘土がまじっているために、よく固まっていて、
海のそばのように踝くるぶしを埋めて人を悩ますことはない。
 藁葺わらぶきの家が何軒も立ち並んだ一構えが柞ははその林に囲まれて、
それに夕日がかっとさしているところに通りかかった。

【山椒大夫のゆかりの地】

 <山椒大夫屋敷跡>
 宮津市上石浦(旧、丹後国)

【その他】

 <さんせう太夫>
 江戸時代初期
 寛永年間(1624年〜1644年)頃に、語り物文芸である説経節が流行り、その「五説経」とされる5つの演目の一つである
「さんせう太夫」が語られていた

 「岩城の判官正氏の御台所、その子の安寿とつし王が、天皇から安堵の令旨を賜るべく都へと向かう途中で、
人買いにたぶらかされて、親子離れ離れに売られてしまう
 姉弟は、丹後の長者の山椒太夫のもとで奴隷として辛い生活を強いられる
 つし王は、神仏により救われて出世し、山椒太夫父子に、むごい復讐を行う」

 森鴎外の「山椒大夫」では、
 安寿が、弟を脱走させたため山椒太夫の息子 三郎によって凄惨な拷問を受けた末に殺されてしまうシーンや、
山椒大夫が処刑されるシーンなど、残酷な場面はほとんど切り捨てられている


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