見真大師遷化旧跡(けんしんだいしせんげのきゅうせき)は、
浄土真宗の開祖 親鸞聖人が死去された善法院があった跡地
その後、善法院の跡地に法泉寺が建立された跡地でもある
日本最初の小学校だった柳池小学校の後身である御池中学校の正門北寄りに石碑が立っている
「見真大師(けんしんだいし)」は、浄土真宗の開祖 親鸞聖人が、明治天皇から賜った諡号
<善法院(善法房)>
親鸞聖人が、住居としていたところが焼失し、実弟の僧 尋有(じんぬ)が院主の坊だった善法院に移る
親鸞聖人が善法院で、90歳をもって入滅する
尋有や末娘 覚信尼らに看取られた
善法院は、比叡山の東塔 善法院の里坊だった
押小路の南、万里小路の東にあった
蛤御門の変により類焼する
<法泉寺>
善法院跡に、親鸞聖人を偲ぶ門徒により、親鸞聖人の往生地を永く顕彰するために建立される
境内南に隣接して新築移転してきた日本最初の小学校 上京第二十七番組小学校(柳池小学校)の
校地拡張により上京区下総町に移転する
現在の法泉寺の地(左京区下鴨)にも石碑「見真大師聖蹟法泉寺」が立っている
柳池小学校は、京都市立京都御池中学校となっている
<石碑「見真大師遷化旧跡」>
京都御池中学校の前に石碑が立てられている
建立年:1888年(皇紀2548)明治21年3月
建立者:虎石町 法泉寺
大きさ:高さ191cm × 幅32cm × 奥行28cm
碑文:
(西側)見真大師遷化之旧跡
(東側)虎石町 明治二十一年三月再建之 法泉寺
副碑(西側)
見真大師遷化之旧跡
浄土真宗の開祖親鸞聖人(見真大師)は弘長二年(一二六二)この地にあった善法院にて
九十歳でご入滅されました
いつしか親鸞ヶ原と呼ばれるようになった当地に聖人を偲び門徒が法泉寺を建立し
その後柳池小学校拡張に伴い法泉寺は移転しました
そのおり門前にあったこの石碑を残し聖人の御旧跡を今に伝えています
当地が虎石町と名づけられたのは 伏せた虎のような姿の庭石を聖人が虎石と呼び
親しまれていたことに由来します
聖人ご入滅のおり虎石は涙を流したと伝えられています
虎石は現在東大谷に安置されています
親鸞聖人遷化の旧跡保存会
副碑(東側)二〇〇六年三月
2006年(皇紀2666)平成18年
京都御池創生館竣工にともない、現在の地に移設されて、副碑が建立された
<虎石町>
見真大師遷化旧跡のこの地の町名
親鸞聖人が入滅されたときに、善法坊にあった庭の虎石が涙を流したという
その虎石は、東大谷に移されたが、町名に残された
<京都市立京都御池中学校前の石碑>
京都御池中学校の前にいくつかの石碑が立てられている
石標「日本最初小学校柳池校」
石標「日本最初の幼穉遊嬉場 柳池幼稚園記念碑」
石碑「京都市立堀川高等学校専修夜間部跡」