梅田雲浜邸跡(うめだうんぴんていあと)は、
若狭小浜藩藩士で幕末の尊攘派志士の儒学者 梅田雲浜の邸宅の跡
京都国際マンガミュージアムの烏丸通の向かい側に、石標が立つ
梅田雲浜(うめだうんぴん)は、若狭小浜藩藩士・儒学者
1843年(皇紀2503)天保14年
京都に上洛して、私塾 望楠軒の講師となる
1852年(皇紀2512)嘉永5年
藩主 酒井忠義に、海防策などを批判し意見をしたことから怒りに触れて藩籍を剥奪される
幕末維新
アメリカ ペリーの来航により、条約反対と外国人排斥による攘夷を訴えて、
尊皇攘夷の志士たちの精神的なリーダーとなる
長州藩に上方との交易を勧めて、長州藩物産御用掛として成功し、邸宅を建てる
大老 井伊直弼の安政の大獄で摘発され、二人目の逮捕者となる
1859年(皇紀2519)安政6年9月14日
拷問を受けて、獄中で病死する
享年45
時代行列に登場する
安祥院に遺髪墓がある
京都霊山護国神社には、梅田雲浜の碑が立てられている
烏丸通の東側を御池通から上がった歩道上に石碑が立っている
<石碑「梅田雲浜邸址」>
建立年:1916年(皇紀2576)大正5年9月
建立者: 京都市教育会
大きさ:高さ116cm × 幅18cm × 奥行18cm
碑文:
(西側)梅田雲濱邸址
(北側)大正五年九月建之 京都市教育会