京都霊山護国神社(きょうとりょうぜんごこくじんじゃ)(Kyoto Ryouzen Gokoku Jinjya)

所在地:京都市東山区清閑寺霊山町   地図情報

祭神:約73,000柱
   1853年(皇紀2513)嘉永6年から大東亜戦争までに、国難で殉死した勤皇の志士と、英霊(えいれい)

社格:官祭招魂社(かんさいしょうこうしゃ)、別表神社

通称:護国神社(ごこくじんじゃ)、京都神社(きょうとじんじゃ)

 京都霊山護国神社(きょうとりょうぜんごこくじんじゃ)は、日本最初の官祭招魂社(かんさいしょうこうしゃ)

 維新の道の坂を登り切ったところにある

 幕末に活躍した維新の志士たちや、第二次世界大戦までの京都府の戦死兵など英霊7万3000柱が祀られている
 坂本龍馬桂小五郎(木戸孝允)、中岡慎太郎(なかおかしんたろう)らのお墓もある

【京都霊山護国神社の歴史・経緯】







【京都霊山護国神社の境内】

 <本殿>
 三間社、流造
 1939年(皇紀2599)昭和14年の建立

 <拝殿>
 <祝詞舎>
 <神饌所>

 <斎殿>
 1939年(皇紀2599)昭和14年の建立
 昭和の大典に使用した建物の一部が下賜されて建立する

 <霊山歴史館>
 入母屋造、鉄筋コンクリート造
 1970年(皇紀2630)昭和45年の建立





【霊山墓地】

 正式名は「旧霊山官修墳墓」

 <霊山表忠碑(りょうぜんひょうちゅうのひ)>
 1879年(皇紀2539)明治12年の建立
 撰文は三条実美

 <従軍記念公園「昭和の杜」>
 大東亜戦争従軍記念之碑が立っている

 <土佐藩招魂社の石標>
 別称:高知県招魂社
 吉村寅太郎・望月亀弥太・那須信吾・池内蔵太などのお墓がある

 <坂本龍馬・中岡慎太郎のお墓>
 右側:中岡慎太郎
 左側:坂本龍馬
 左奥:下僕 藤吉
 右側には、坂本龍馬と中岡慎太郎の銅像が置かれている

 <桂小五郎・幾松夫妻のお墓>
 遺言により、特例で墓碑が立てられた

 <長州藩のお墓>
 墳墓第一号
 高杉晋作・久坂玄瑞・大村益次郎・入江九一・寺島忠三郎・来島又兵衛・有吉熊次郎などのお墓

 <小浜藩>
 梅田雲浜

 <肥後藩>
 河上彦斎・宮部鼎蔵・横井小楠

 <水戸藩>
 江幡広光・林忠五郎・住谷寅之介・十津川郷士

 <福岡藩>
 平野国臣

 <松林廉之助碑>

 <慰霊碑>
 陸海軍、騎兵、捜索、歩兵、工兵、輜重兵、野砲、衛生、防疫給水部、駆逐艦長波など各連隊などの慰霊碑
 陸軍特別操縦見習士官
 パール博士顕彰碑
 など




【京都霊山護国神社の祭事】

 <歳旦祭>    1月1日〜3日
 <紀元祭>    2月11日
 <春季例大祭> 4月28日
 <御鎮座祭>   5月10日
 <みたま祭>   8月13日〜16日
 <秋期例大祭> 10月14日

 <龍馬祭>
 11月15日
 旧土佐藩招魂社祭、墓前祭
 近江屋事件(1867年(皇紀2527)慶応3年11月15日)により、暗殺された海援隊隊長 坂本龍馬、陸援隊々長 中岡慎太郎らが
鎮まる霊山の墓前にて行われる
 11月15日は、坂本龍馬の誕生日であり命日でもある
 坂本龍馬、中岡慎太郎が、下僕 峰吉に軍鶏肉を買いに行かせている間に遭難し、軍鶏鍋を口にすることなく亡くなったことから、
軍鶏鍋の一番汁を墓前にお供えされ、参拝者にも振舞われる
 軍鶏肉は、中岡慎太郎の郷里 高知県安芸郡北川村より寄進される

 <天長祭>
 12月23日

【その他】

 <霊山歴史館
 近接している
 明治維新関連の資料文献が展示公開されている

 <維新の道
 東大路通りからねねの道の南端に鳥居が立ち、二寧坂への北端を通る参道

【京都霊山護国神社へのアクセス】

 市バス 東山安井 徒歩10分

LINEで送る

【京都検定 第7回3級】

【京都検定 第15回3級】

【京都検定 第19回3級】

【京都検定 第16回2級】


[インデックス]


京都通メンバページ

写真:表示/非表示

フェイスブックでシェア LINEで送る

[目次]


[関連項目]


[協賛リンク]



[凡例]

赤字
 京都検定の出題事項
 (過去問は下段に掲載)

ピンク
 京都検定に出題された
項目へのリンク

青色紫色
 関連項目へのリンク