豊楽院(ぶらくいん)

豊楽院(ぶらくいん)は、平安京大内裏において朝廷の饗宴に用いられた施設

中京区聚楽廻西町に、「平安宮豊楽殿跡」の石碑が建てられている

石碑所在地:京都市中京区聚楽廻西町   名所地図情報名所

国の史跡

【豊楽院の歴史・経緯】

【豊楽院】

 「豊楽(ぶらく)」とは、和訓で「とよのあかり」と読み、宴会を意味する

 「西宮記」では、「天子宴会所」と記されている

 「今昔物語集」によると
 「豊楽院は、飛騨の工(たくみ)が建てたのだからすばらしいものにちがいない」と記されている


 <豊楽院(ぶらくいん)
 饗宴施設として大内裏の正庁である朝堂院の西側に隣接して造営された

 新嘗祭、大嘗祭の宴のほか、正月慶賀、節会(せちえ)、射礼(じゃらい)、賜宴、饗応などが行われた朝廷の宴の場

 東西56丈(約170m)、南北136丈4尺(約413m)

 四方を築地で囲まれ、南に正門である豊楽門があった

 内部の構造は基本的に朝堂院と同じ

 豊楽院の正殿である豊楽殿には、天皇列席のときの高御座が置かれた

 北部中央に正殿の豊楽殿、その後方に後殿の清暑堂(せいしょどう)
 前庭の東に栖霞楼と、諸臣の着座する顕陽堂・観徳堂の2朝堂
 前庭の西に霽景楼と、諸臣の着座する承歓堂・明義堂の2朝堂
 それぞれ回廊によってつながっており、南面の回廊の中央に、内郭の正門の儀鸞門がある
 その南の東西に、朝堂院における朝集殿に相当する延英堂・招俊堂の2堂がある
 その南面築地に豊楽門がある


 <豊楽殿>
 豊楽院の正殿
 元は「乾臨閣(けんりんかく)」と称されたが、神泉苑の正殿にこの名前を付けられたため改名された
 東西九間、南北二間、母屋造、四面に廂(ひさし)がある南向きの建物
 屋根には緑釉瓦が葺かれていた
 母屋中央に、天皇列席のときの高御座を置いた土壇があり、
儀式のときには東西に皇太子・皇后の座が設けられた


 <豊楽院十九門>
 豊楽院に造られた19の門

 豊楽門(ぶらくもん)
  豊楽院外郭にある南の正門

 福来門(ふくらいもん)
  豊楽院外郭の西側南方の小門
  外郭の東側南方にある開明門と対になっている
  ここから入ると、明義堂と招俊堂を結ぶ回廊の中央に入る

 万秋門(ばんしゅうもん)(延秋門(えんしゅうもん)
  豊楽院外郭の西中央の大門
  東の延明門と対になっている

 立徳門(りっとくもん)
  豊楽院外郭の西側北方の小門
  外郭の東側北方にある陽禄門と対になっている
  ここから入ると、豊楽院内郭の承秋門に入る

 不老門(ふろうもん)
  豊楽院外郭にある北の大門
  朝堂院の北の昭慶門と東西に並んでおり同様の造りだったといわれる

 陽禄門(ようろくもん)
  豊楽院外郭の東側北方の小門
  外郭の西側北方にある立徳門と対になっている
ここから入ると、豊楽院内郭の逢春門に入る

 延明門(えんめいもん)
  豊楽院外郭の築地東側の大門
  東にある朝堂院の章義門と向かい合っている

 開明門(かいめいもん)
  豊楽院外郭の築地東側南方の掖門(小門)
  外郭の西側南方にある福来門と対になっている
  ここから入ると、観徳堂と延英堂を結ぶ回廊に入る

 儀鸞門(ぎらんもん)
  豊楽院内郭の南中央の第二の正門
  東西に回廊が延び、北には屏がある
儀式のとき、公卿は東の戸口から、五位以上は東西の戸口から中に入る

 承秋門(じょうしゅうもん)
  豊楽院西楼の霽景楼と承歓堂を結ぶ回廊の中央にある門
  東の逢春門と対になっている

 白綺門(はっきもん)
  豊楽殿西廊の門で、豊楽殿と西楼の霽景楼との中間にある
  東廊の青綺門と対になっている

 青綺門(せいきもん)
  豊楽殿東廊の門で、豊楽殿と東楼の栖霞楼との中間にある
  西廊の白綺門と対になっている

 逢春門(ほうしゅんもん)
  豊楽院東楼の栖霞楼と顕陽堂を結ぶ回廊の中央にあり、「東廊中門」とも称される
  西の承秋門と対になっている

 嘉楽門(からくもん)
  第二の正門である儀鸞門の西の廊にある掖門
  東の高陽門と対になっている

 含利門(がんりもん)
  豊楽院の内郭、東南の延英堂とその北の観徳堂を結ぶ廊にある
  西の陽徳門と対になっている

 高陽門(こうようもん)
  第二の正門である儀鸞門の東の廊にある掖門
  西の嘉楽門と対になっている

 崇賢門(すげんもん)
  豊楽門西の脇門
  東の礼成門と対になっている

 陽徳門(ようとくもん)
  豊楽院の内郭、西南の招俊堂とその北の明義堂を結ぶ廊にある
  東の含利門と対になっている

 礼成門(れいせいもん)
  豊楽門東の脇門
  西の崇賢門と対になっている

【豊楽院での主な行事】

 新嘗祭、大嘗祭の饗宴、正月の慶賀、節会(せちえ)、射礼(じゃらい)、賜宴、外国使節の歓迎の饗応などが行われた

 <正月7日の白馬節会>
 馬寮の役人が、白馬(あおうま)を引いて延明門から入り、逢春門を抜けて、豊楽殿前の庭を渡る
 豊楽院の内郭西の承秋門を抜けて、承歓堂の後方を通り、万秋門から外へ出る

 <正月9日、叙位の二日後の節会>
 大臣から歴名を受け取った式部・兵部の丞(各省の三等官)が、北東の陽禄門を抜けて南に進み、
西に曲がって、豊楽門の東西に並んで列した

 <大嘗會辰日節会>
 大極殿西の光範門から出た乗輿が、不老門から入って、豊楽殿北の清暑堂に着く
 公卿は、開明門から入って延英堂に着座する
 近衛府の役人が、白綺門・青綺門から入り、豊楽殿東西の階下に着座する

 <正月16日の踏歌節会>
 女踏歌が青綺門を通る

 <元日の豊楽院の宴>
 群臣らは、禄を賜って延明門から退出する
 暦奏では、中務省の役人が、暦を置く机を担ぎ、陰陽寮の役人を率いて逢春門から入り、庭に机を置いて退出する
 儀鸞門外では、吉野の国栖が歌笛を奏して御贄を献じていた

 <正月17日の観射(射礼)の儀>
 逢春門が利用される
 六位以下の役人は、高陽門から退出する
 蕃客(外国からのお客)がある場合は、五位以上の役人は嘉楽門から退出する

【ゆかりの地】

 <平安宮豊楽殿跡(へいあんきゅうぶらくでんあと)>
 中京区聚楽廻西町
 豊楽院の正殿の豊楽殿の跡地とされ石碑が建てられている
 国の史跡

 2015年(皇紀2675)平成27年
 発掘調査によって豊楽殿の規模が確定する

【豊楽院跡へのアクセス】

 市バス 丸太町七本松 徒歩数分


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