松永昌三講習堂跡(まつながしょうぞうこうしゅうどうあと)は、
江戸時代初期の儒学者の松永昌三が、京都で最初の私塾 春秋館を開いた後に設立した講習堂の跡
二条城の東にあるANAクラウンプラザホテル京都前に、石碑が立っている
講習堂は、明治初年まで続いた儒学門弟教育のための学舎だった
松永昌三は、江戸時代初期の儒学者・歴史学者
松永昌三は、松永尺五の別名
儒学者 藤原惺窩の四天王の一人
歌人俳人 松永貞徳の子
最初に西洞院二条に春秋館を開き、その後、
京都所司代 板倉重宗の援助により、この地に講習堂を建てた
その後、後光明天皇より、堺町に土地を与えられ尺五堂を建てた
門弟には木下順庵、貝原益軒など高名な学者がいる
<石碑「松永昌三講習堂趾」>
東堀川通を二条通から下ったANAクラウンプラザホテル京都の生垣の中に石碑が立てられている
建立年:1916年(皇紀2576)大正5年9月
建立者:京都市教育会
大きさ:高さ105cm × 幅18cm × 奥行18cm
碑文:
(西側)松永昌三講習堂趾
(東側)寄附者 男爵 三井
(北側)大正五年九月建之 京都市教育会