長岡宮内裏内郭築地回廊跡(ながおかぐう だいりないかくついじかいろうあと)

所在地:向日市鶏冠井町荒内   地図情報

国の史跡(1973年(皇紀2633)昭和48年)

史跡公園

 長岡宮内裏内郭築地回廊跡(ながおかぐう だいりないかくついじかいろうあと)は、長岡京における第二次内裏の築地回廊跡

 内裏は、天皇の私的な住居場所
 内裏内郭築地回廊は、天皇を警護するために造られた廊下で、ここを兵衛(ひょうえ)たちが巡回していたといわれる

 国の史跡に指定され、現在は整備された史跡公園が、北真経寺の山門すぐ西にある

【長岡宮内裏内郭築地回廊跡の歴史・経緯】

【長岡宮内裏】

 <長岡宮>
 国の重要な施設が置かれた、長岡京の中心部
 天皇の住まいである内裏、天皇が政務を司どる大極殿、国儀の場である朝堂院があった
 長岡京の最北中心線上に大極殿、その南に朝堂院が置かれ、内裏は大極殿の東側にあった
 唐の長安城がモデルといわれる

 <第一次内裏(西宮)>
 遷都当初の長岡宮の内裏は、大極殿の北側、あるいは、西方に置かれていたといわれる

 <第二次内裏(東宮)>
 朝堂院の東方200mのところ
 789年(皇紀1449)延暦8年2月
 第一次内裏(西宮)から、東側に移建された

 正殿が中央やや南寄りにあり、北部に後宮、中央部に天皇の私的空間、南半部に公的空間がある
 全体が159m四方の築地回廊で囲まれ、10尺(296cm)を割り付け基準として殿舎が配置されている
 発掘調査で、内裏正殿、登華殿(とうかでん)、弘徽殿(こきでん)、淑景舎(しゅげいしゃ)などが確認される
 平安宮には内郭を囲む外郭があるが、長岡宮の外郭は確認されていない
 内裏の中心地は、北真経寺境内の南部分にあることが確認されている

 <東院>
 793年(皇紀1453)延暦12年1月21日
 第二次内裏 東宮を解体するために東方の「東院」へ遷御される


 <長岡宮内裏内郭築地回廊跡>
 朝堂院東方200mのところから中央に土塀があり、両側に廊下を通す特異な構造の築地回廊の北西部が発見された
 その後、回廊の南西隅も確認される
 国の史跡に指定される

 築地回廊は、天皇を厳重に警護するために造られた廊下で、兵衛(ひょうえ)たちが巡回したといわれる
 築地(土塀)の両側の軒を張り出させ廊下にされている、屋根は瓦葺き
 東西、南北とも166m、柱間は13尺(3.88m)の等間隔、築地の幅は5尺(1.4m)であることが確認されている
 北から十間目に兵衛の詰所、十二間目に門があることが確認されている


 <史跡公園>
 内裏内郭北西隅が、史跡公園として整備されている
 北真経寺の山門すぐ西にある
 大きなコンクリートの円板が廊下の柱跡、小さな円板は築地を支える寄柱の跡に置かれている


 <地名「荒内」>
 荒れ果てた内裏に由来するといわれる

【長岡宮内裏内郭築地回廊跡へのアクセス】

 阪急電車 西向日駅 徒歩約5分

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