奨学院(しょうがくいん)奨学院址碑(しょうがくいんあとひ)

所在地:京都市中京区西ノ京南聖町   地図情報

 奨学院(しょうがくいん)は、平安時代の諸王・公家・貴族・皇別氏族(源氏・平氏・在原氏など)の教育機関で、私設学寮の一つ

 大学の寄宿施設である大学別曹の一つ

 奨学院址碑(しょうがくいんあとひ)は、中京区西ノ京南聖町にある、平安時代の奨学院の跡を示す石碑

【奨学院の歴史・経緯】

 平安時代初期
 881年(皇紀1541)元慶5年
 藤原氏の勧学院にならって、平城天皇の皇孫に当たる在原業平により創設される
 左京三条、大学寮の南、勧学院の西隣、現在の中京区西ノ京南聖町に建てられる

 皇族出身者である源氏・平氏・在原氏などの子弟などがの寄宿舎とされる

 900年(皇紀1560)昌泰3年9月
 「以二奨学院一為二大学寮南曹一」と公認され、勧学院と並び「大学寮南曹の二窓」と称されている

 勧学院にならって、職員として別当(長官)、学頭などが置かれ、別当には源氏第一の公卿がなった

 平安時代末期
 実質的に衰微する

 奨学院別当は、名誉職として、淳和院別当とともに村上源氏により世襲される

 室町幕府3代将軍足利義満が、清和源氏として初めて源氏長者になり両院別当を兼ねる
 以降、歴代将軍が両院別当となり、世襲として、形式的に江戸時代末期まで存続した

【奨学院址碑】

 <奨学院址碑>
 中京区西ノ京南聖町
 千本通三条通の交差点の北東付近に石碑がある

 建立年:1917年(皇紀2577)大正6年
 建立者:京都市教育会

【その他】

 <大学別曹>
 平安時代前期
 大学寮に学ぶ氏族の子弟のために設けられた私設の寄宿施設
 別当、知院事などの職員が置かれ、各氏族の財源によって運営された

 これが大学寮付属の施設として公認され大学別曹となった

 奨学院:諸王・公家・貴族・皇別氏族(源氏・平氏・在原氏など)などのための大学別曹
 勧学院:藤原氏の大学別曹
 弘文院:和気氏の大学別曹
 学館院:橘氏の大学別曹


 <綜芸種智院
 空海が創設した庶民のための教育施設

【奨学院跡へのアクセス】

 JR山陰本線(嵯峨野線) 二条駅 徒歩約5分


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