陽成院跡(ようぜいいんあと)は、陽成天皇の後院だった陽成院があったところ
源氏物語ゆかりの地の地として「二条院候補地(陽成院跡)」とされている
二条城の東方、夷川通に面する夷川児童公園に説明版が、京都市により立てられている
<陽成院>
陽成天皇が譲位の後、内裏から遷幸され御所とされた
母親の皇太后 藤原高子も一緒に移られ住まわれた
平安京左京二条二坊十三町・十四町の2町
左京二条二坊十四町の発掘調査で、陽成上皇が用いられたとされる井戸跡が見つかっている
<「拾芥抄」>
「大炊御門南、西洞院西、件院御誕生」と記されており、
高陽院の南の方一町とされている
なお、二条院は「二条北、堀川東、天暦母后御領」と記されている
<「河海抄」>
「陽成院を二条院と号云々、脱之後、御此院、二条以北・大炊御門南、油小路以東西歟・西洞院以西東歟也」
と記されており、二条院と合わせて南北二町を陽成院と記されている
<「今昔物語集」巻二七「冷泉院水精、成人形被捕語」>
「今ハ昔、陽成院ノ御マシケル所ハ、二条ヨリハ北、西ノ洞院ヨリハ西、大炊ノ御門ヨリハ南、
油ノ小路ヨリハ東二町ニナム住セ給ケルニ」と記されており、
二条院と合わせて南北二町を陽成院と記されている
<「源氏物語」>
陽成上皇の崩御後の荒れた屋敷を、光源氏の二条院のモデルにしているといわれる
この邸は、光源氏の母親 桐壷更衣の実家とされ、
光源氏は、この屋敷を改築して藤壺の姪にあたる紫上を迎え入れている
<「二条院候補地(陽成院跡)」>
夷川児童公園に、京都市により「二条院候補地(陽成院跡)」の説明版が立てられている