式子内親王塚(のりこないしんのうのつか)は、千本今出川の北東側にある式子内親王のお墓といわれる
般舟院陵の敷地内、陵域の西側にある
般舟院陵が現在の地に移された 桃山時代以前からあったといわれる
塚の奥(塚の上)に五輪塔がある
<式子内親王>
後白河天皇の第3皇女
生年:1149年(皇紀1809)久安5年
没年:1201年(皇紀1861)建仁元年1月25日
享年:53
1159年(皇紀1819)平治元年10月25日
内親王宣下を受け斎王に卜定される
約11年間、賀茂斎院で仕える
<定家葛の墓(ていかかずらのはか)>
式子内親王塚の別称
能楽「定家」にちなみ称されようになった
式子内親王と非常に親しい恋中であった藤原定家が、死後も式子内親王を忘れられず、
葛(かずら)に生まれ変わって彼女のお墓にからみついたといわれる
1181年(皇紀1841)養和元年
藤原定家が御所に参上したとき、式子内親王の琴を聴き、初めて出会い、溺愛したといわれる
1202年(皇紀1862)建仁2年
式子内親王の一周忌法要には藤原定家も参列した