上水道整備事業(じょうすいどうせいびじぎょう)

京都市三大事業の一つ

着工:1909年(皇紀2569)明治42年5月
上水道給水開始:1912年(皇紀2572)明治45年4月

 上水道整備事業(じょうすいどうせいびじぎょう)は、明治時代に京都百年の計の都市計画により行われた京都市三大事業の一つ

 第二代京都市長 西郷菊次郎西郷隆盛の息子)によって推進される

 名水とされる井戸などが多くあったが、実際には水源や河川や水路が少なく常に渇水に悩まされていた問題の解消が図られた
 しかし、京都における上水道水源は、琵琶湖疏水にほぼ全てを頼っており、新たな水源開発はほとんど行われていない

【上水道整備事業の経緯】

【上水道整備事業】

 計画給水人口:50万人
 1日最大給水量:68,000m3

 水源は、滋賀県大津市観音寺で琵琶湖から引水することとし、水道水源と発電用水を確保することを目的に、
第二琵琶湖疏水の開削事業も行われる
 第一琵琶湖疏水の北側にほぼ平行して建設され、蹴上で第一琵琶湖疏水に合流する
 全長:約7.4km、流量:毎秒15.3m3

 上水道整備工事は、
 蹴上浄水場に沈澱池、ろ過池(ろ過そう・導水みぞ・硫酸アルミナ溶液室など)、配水池、ポンプ室を建設
 東山山麓の用地不足に対応するため、日本で初めて急速ろ過方式を採用された

 配水管として、幹線52km、支線139kmを布設
 配水方式は、地形を利用した自然流下式

【拡張事業】

 <第一期拡張事業>
 1924年(皇紀2584)大正13年度〜1927年(皇紀2587)昭和2年度
 大正3年以降の急激な人口増加と、同7年の、隣接16町村の編入により人口増に対応するため

 1927年(皇紀2587)昭和2年6月
 松ケ崎浄水場(施設能力40,000m3/日、緩速ろ過方式採用)が完成
 最高区配水池を、五山の送り火の「妙法」の「妙」がある松ケ崎西山に設けられ、市の北部に給水された

 <第二期拡張事業>
 1932年(皇紀2592)昭和7年度〜1939年(皇紀2599)昭和14年度
 昭和6年の伏見市ほか26市町村の編入に対応するため
 計画給水人口92万人、1日最大給水量173,000m3

 1936年(皇紀2596)昭和11年、山科浄水場の新設(昭和50年に廃止)
 1939年(皇紀2599)昭和14年度、松ケ崎浄水場の拡張

 <第三期拡張事業>
 1939年(皇紀2599)昭和14年度〜1945年(皇紀2605)昭和20年度
 計画以上の水需要の増加に対応するため

 1945年(皇紀2605)昭和20年、伏見浄水場を新設し給水を開始(昭和52年に廃止)

 <第四期拡張事業>
 1946年(皇紀2606)昭和21年度〜1950年(皇紀2610)昭和25年度
 戦後の、人口の都市集中に伴う水需要の激増に対応するため
 松ケ崎浄水場の緩速ろ過池を増設

 1947年(皇紀2607)昭和22年に宮内大臣より御所防火用水道の移管を受けて
 1949年(皇紀2609)昭和24年
 改築により整備した九条山浄水場(施設能力24,000m3/日)が完成(平成8年に廃止)
 一時的に給水制限の緩和が可能となった

 <第五期拡張事業>
 1950年(皇紀2610)昭和25年度〜1957年(皇紀2617)昭和32年度
 夏の水需要が給水能力を超えるようになったため
 松ケ崎浄水場の拡張、ろ過池の改良が行われる
 豆砂利で荒ごしする前処理池を設け緩速ろ過池のろ過速度を上げる二重ろ過方式が採用される

 <第六期拡張事業>
 1957年(皇紀2617)昭和32年度〜1962年(皇紀2622)昭和37年度
 市周辺部高台地区では夏場の断水、中心部では水圧低下や水出不良が広がってきたため
 松ケ崎浄水場の拡張工事完成を待たず、蹴上浄水場の拡張に取り掛かりました
 日本初の大型高速凝集沈澱池を採用し、ろ過池などを自動制御する中央管理室を設けられた

 <第七期拡張事業>
 1962年(皇紀2622)昭和37年度〜1973年(皇紀2633)昭和48年度
 松ケ崎浄水場の施設老朽化と原水の水質悪化による処理能力の低下、山科区・伏見区・南区での水需要が増加したため
 計画給水人口143万人、1日最大給水量750,000m3

 1966年(皇紀2626)昭和41年、山ノ内浄水場完成
 1970年(皇紀2630)昭和45年、新山科浄水場を新設、松ケ崎浄水場の拡張を実施

 <第八期拡張事業前期>
 1972年(皇紀2632)昭和47年度〜1987年(皇紀2647)昭和62年
 水需要の伸びに対応するため
 給水人口154万人、1日最大給水量853,000m3、施設能力927,000m3/日

 松ケ崎浄水場における緩速ろ過池の急速ろ過池への改良、新山科浄水場の拡張が行われる

 <第八期拡張事業後期>
 1988年(皇紀2648)昭和63年度〜1993年(皇紀2653)平成5年度
 計画1日最大給水量920,000m3、施設能力を1,020,000m3/日

 1990年(皇紀2650)平成2年、新山科浄水場で第3系統浄水施設の拡張が完成

【配水管路】

 1909年(皇紀2569)明治42年5月
 水道創設事業として蹴上浄水場の建設、配水管の布設工事に着手
 幹線52km、支線139kmを布設
 配水方式は、地形を利用した自然流下式

 その後、戦後の高度経済成長期にかけて、急速な水需要の伸びと給水区域の拡張に伴い、主に配水管路の拡張事業が推進されてきた

 1963年(皇紀2623)昭和38年から2003年(皇紀2663)平成15年まで計7期にわたり、
 経年管の布設替えが行われ、鋳鉄管や石綿セメント管などから、主にダクタイル鋳鉄管への更新が行われた

【関連施設】

 <第二琵琶湖疏水
 第1疏水だけではまかないきれない水道水や、電力の需要に対応するため、第2疏水が造られる

 <蹴上浄水場
 上水道整備事業の一環で建設された日本最初の急速ろ過式浄水場


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