地図情報
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大谷大学(おおたにだいがく)、北区小山上総町にある私立大学
東本願寺が設立した「学寮」を由来とする
江戸時代初期
1665年(皇紀2325)寛文5年
東六条の東本願寺寺内に琢如が学寮を創設
1678年(皇紀2338)延宝6年
学寮が、東本願寺の別邸渉成園内に移転
1755年(皇紀2415)宝暦5年
学寮が、高倉通魚棚に移転し、「高倉学寮」と改称される
1879年(皇紀2539)明治12年
「貫練教校」と改称される
1882年(皇紀2542)明治15年
「貫練教校」を「真宗大学寮」と改称される
1896年(皇紀2556)明治29年
「真宗大学寮」から真宗大学を設置する
居住のための真宗高倉大学寮が別に設置される
1899年(皇紀2559)明治32年
私立学校令により、真宗大学が認可される
1901年(皇紀2561)明治34年
学制を根本的改革をした近代的な大学として、東京巣鴨に移転し開校する
1904年(皇紀2564)明治37年
専門学校令により、真宗大学が認可される
1911年(皇紀2571)明治44年
真宗大学は、高倉大学寮と統合し、「真宗大谷大学」と改称され、高倉通魚棚の地に戻る
1913年(皇紀2573)大正2年
現在の地に移転する
1922年(皇紀2582)大正11年
大学令により、真宗大谷大学の設立が認可される
1923年(皇紀2583)大正12年
大谷大学(旧制)(文学部)が開校され、真宗大谷大学は専門部に改組される
1949年(皇紀2609)昭和24年
大谷大学(新制)(文学部仏教学科、哲学科、史文学科)が開校される
1950年(皇紀2610)昭和25年
短期大学部(仏教科)が開校される
1953年(皇紀2613)昭和28年
大学院文学研究科が開設される
<開校の辞>
初代学長 清沢満之が、開学式典において
「本学は他の学校とは異なりまして宗教学校なること、殊に仏教の中において浄土真宗の学場であります」
と述べ
真宗大学が親鸞聖人の浄土真宗の思想に基づいた「浄土真宗の学場」としての「宗教学校」であり、その教育目標が、
仏教を中心とした諸学問を教授することを通じて、我々において最大事件なる自己の信念の確立の上に、
その信仰を他に伝える、即ち、自信教人信の誠を尽くすべき人物を養成することであると述べた
<大谷大学樹立の精神>
1925年(皇紀2585)大正14年
第3代学長 佐々木月樵が、「大谷大学樹立の精神」において、大学の3つの目標として
「第一は、仏教を学界に解放したことである
第二は、仏教を教育からして国民に普及することである
然しこれらの二大目標は人その人を得るにあらずば出来難いから、
第三には、宗教的人格の陶冶に留意することである」
と述べ、
教育の3つの方針としては
「本学に於ける人格陶冶の三モットーたる所の、本務遂行、相互敬愛、及び人格純真の三条に心をよせ、
各自純真の人間となっていただきたい」
と述べた
<大学の理念>
親鸞聖人の仏教の精神に基づき、「人材」ではなく「人物」の育成を目標とする人間にかかわる諸学問を教育・研究の根幹として、
その研究成果を広く社会に公開するという建学の理念がある
建学の理念とされる「自己の信念の確立」の実現のために、大学としては小規模であることに有効性を見出し、
文学部のみの単科大学であることを守り続けてきている
<文学部>
真宗学科
仏教学科
哲学科
社会学科
歴史学科
文学科
国際文化学科
人文情報学科
教育・心理学科
<短期大学部>
仏教科
文化学科
幼児教育保育科
<大学院>
文学研究科
<校章>
中央に「大」の篆書の字が図案化した6枚の牡丹の葉で囲まれている
<石碑「知進守退」>
大学の正門北側にある
曇鸞大師「浄土論註」にちなんだ「知進守退」と刻まれた石碑がある