久世神社(くせじんじゃ)
(KuseJinjya) 京都通メンバ
所在地:城陽市久世芝ヶ原 
   鳥居地図情報鳥居

祭神:日本武尊(やまとたけるのみこと)

社格:郷社

創始:不詳(平安時代以前)

創建:古代豪族 栗隈県主(くりくまあかだぬし)

旧称:若王社(にゃくおうしゃ)・華霊天神社(かりょうてんじんしゃ)

通称:若王社(にゃくおうしゃ)・白鳥の宮(しらとりのみや)

重要文化財:1棟(本殿)

 久世神社(くせじんじゃ)は、城陽市、JR奈良線 城陽駅の北方にある神社

 奈良街道に西面して参道入口・一の鳥居がある
 細い参道を東進して、JR奈良線の踏切を超えて、石玉垣の参道が続き、二の鳥居が南向きに建っている

 山城国久世村の産土神さん

【久世神社の歴史・経緯】

【久世神社の祭神】

 <主祭神 日本武尊(やまとたけるのみこと)>
 日本武尊が死後に、一羽の白鳥として、この地 鷺坂(さぎざか)に飛来してとどまった
 この地の古代豪族 栗隈県主(くりくまあかだぬし)出身の山代之玖玖麻毛理比売(やましろくくまもりひめ)を
妃にして、足鏡別王(あしかがみわけのみこ)が生まれたといわれる

 後世、栗隈氏により、日本武尊が勧請されて創建されたといわれる

【久世神社の境内】

 <一の鳥居>
 境内の西端、奈良街道に西面して立っている

 <二の鳥居>
 JR奈良線の境内踏切を東進して、参道の奥、南面して立っている

 <手水舎>
 二の鳥居の左側(西側)にある

 <中門>
 石階段を上がったところにある
 妻入切妻造、本瓦葺
 久世神社には拝殿がなく、拝所とされている

 <瑞垣>
 本殿を囲っている

 <本殿(ほんでん)1棟(重要文化財)>
 丹塗り、一間社流造、檜皮葺
 柱上部、組物、庇水引虹梁、庇蟇股などが極彩色に施されている
 正面格子戸の上に唐草模様の透彫が施されている
 内陣正面に弊軸付板扉、外陣正面に引違の格子戸を4枚立てる
 内陣正面板扉に扉2枚の松、左右脇羽目板に草花が描かれている
 内陣正面欄間中央に巴紋文、左右に六弁の花紋が飾られている
 室町時代の建立
 1906年(皇紀2566)明治39年4月14日 重要文化財に指定される

 <末社 龍王神社>
 本殿の右側(東側)にある
 祭神:級長津彦命(しいなつひこのみこと)、級長津姫命(しいなつひめのみこと)
 一間社流造、銅板葺

 <末社 稲荷神社>
 龍王社の右側(南側)にある
 祭神:倉稲魂神

 <ソメイヨシノ>
 <枝垂桜>

 <久世廃寺跡>
 境内の西側一帯
 奈良時代前期の創建といわれる
 平安時代後期には廃寺になっている
 西側に金堂、東に塔が建てられていた法起寺式伽藍配置
 建物の基壇が保存されている
 金銅製の誕生釈迦仏が出土している

【久世神社の祭事】

 <新年祭> 1月1日

 <祈年祭(春祭り)> 4月上旬日曜日

 <夏祭> 8月中旬日曜日

 <例大祭・神幸祭> 10月6日・7日
 大篝火神事は、日本武尊が大和政権に敵対した者を討伐したという伝承にちなむ

 <新嘗祭・新穀感謝祭・お火焚き> 12月第3日曜日

【その他】

 <正道官衙遺跡(国の史跡)>
 久世神社の東方350mほどの地(寺田正道)にある
 発掘調査で官衙跡であることが判明し、久世郡衙跡といわれる
 公園として整備されている
 1974年(皇紀2634)昭和49年9月

 <久津川古墳群>
 100基以上の古墳があり、京都府下で最大級の古墳群
 久津川車塚古墳(国の史跡)は山城地域で最大級の古墳
 墳丘長180mの前方後円墳で、五世紀前半頃の築造といわれる


 <万葉集
 巻7-1286 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)
 「山背の久世の社の 草な手折りそ わが時と 立ち栄ゆとも 草な手折りそ」
  (山背の久世の社の草を手折ってはならない、我が世の盛りとばかり立ち栄えていようとも、社の草を手折ってはならない)

 巻9-1707
 「山背の 久世の鷺坂 神代より 春は萌りつつ 秋は散りけり」

【久世神社へのアクセス】

 JR奈良線 城陽駅 徒歩約5分
 京阪バス 久世 徒歩約10分

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