冷然院跡(れいぜんいんあと)は、嵯峨上皇など歴代の天皇の後院の一つ
二条城北東側の北大手門の近くの堀沿い(竹屋町通)に石碑が立っている
<冷然院>
嵯峨上皇以降の歴代の天皇の後院の一つ
代々の図書なども収蔵されていた
平安京左京二条二坊の三町から六町の四町にあたる
北は大炊御門・南は二条大路・西は大宮大路・堀川小路に画されていた
嵯峨上皇は冷然院の作庭にも関わり趣向を凝らし、詩歌の宴を催したといわれる
数十の建物が建てられ林泉があったとされる
2度焼失した後、村上天皇により再建され、
「然」の字は「燃」に通じることから「冷然院」より「冷泉院」に改められる
西門・南殿・中殿・東対・東南対・西南対・釣殿・苑池などが造営された
建物は、敷地の北西にあった
苑池が、敷地の中央付近にあり、東西30m以上、南北120m以上あったとされる
石組・州浜があったといわれる
<中山神社>
冷泉院の鎮守社として祀られていた
二条城の造営にともない、公卿 内大臣 中山忠親の屋敷跡に遷された
<後院・里内裏とされたゆかりの天皇>
52代 嵯峨天皇・54代 仁明天皇・62代 村上天皇・63代 冷泉天皇・70代 後冷泉天皇
冷然院の敷地の北東端にあたるところに石標が立てられている
<石碑「冷然院跡」>
建立年: 1970年(皇紀2630)昭和45年
建立者:京都市
大きさ:高さ89cm × 幅18cm × 奥行18cm
碑文:
(北側)冷然院跡
(東側)昭和四十五年三月 京都市
<「平安京左京二条二坊「冷然(泉)院」出土品」>
2016年(皇紀2676)平成28年
出土品352点が、京都市指定有形文化財に指定された
<枕草子第22段 能19>
「家は 近衛の御門。二条みかゐ。一条もよし。
そめどのの宮。せかい院。すがはらの院。冷泉院。閑院。朱雀院。をのの宮。
こうばい。あがたの井戸。
たけ三条。小八条。小一条。」