八木邸(やぎてい)(八木家住宅)は、壬生の壬生寺の東隣にある郷士 八木家の邸宅
幕末維新には新選組の近藤勇、土方歳三らの宿所となり、新選組の屯所として使われた
長屋門、母屋に式台を備えた本玄関がある武家屋敷風造
京都市指定有形文化財
<長屋門>
東に面している
腰に下見板があり、張り与力窓や出格子窓がある
桁行15m、梁間3.9m、切妻造、桟瓦葺
1804年(皇紀2464)文化元年の建立
<母屋>
南面して建つ
西端に土間が奥まで通っている
土間に沿って南北方向に居室が3室ずつ2列になっている
北に、仏間奥座敷が一列に並んでいる
入口は、土間部分と、東南隅に式台を備えた本玄関(4畳)がある
本玄関から、中の間(6畳)、奥座敷(8畳)と続く
本玄関の西隣に内玄関(4畳半)があり身内はこちらの玄関を利用した
内玄関から、箱階段のある中の間、奥の居室(6畳)がある
西端に土間、台所があり奥(北側)まで通じている
北端に縁側、中庭、井戸などがある
桁行・梁間10.9m、一部二階建て、切妻造、桟瓦葺
1809年(皇紀2469)文化6年の建立
室内での斬り合いを防ぐために、低めの天井になっているといわれる
新撰組屯所に使われたときには、600坪の敷地があった
敷地の北東(現在の和菓子店付近)に離れ座敷(6畳・4畳半・3畳・板の間)があり、8人の隊士が寝起きしていた
その後、母屋も用いられた
奥座敷は、新選組三大内部抗争の一つ、芹澤鴨、平山五郎ら4人が斬殺されたところで、
その刀傷の一部が現存する
<道場「久武館」>
東西3間半、南北8間半が、新選組により新築された
<八木(南)家住宅(京都市登録有形文化財)>
現在の地より150mほど南、壬生寺の南側にある
<水色>
壬生は湧水が出るところで、水質にも恵まれ、壬生菜・菜種・藍などの産地でもあった
藍で染めた水色は壬生の色とされ、壬生大念仏狂言で用いられる手拭いも水色が用いられて
新選組の羽織の段だら模様の水色も、壬生の色にちなむ
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