壬生寺(みぶでら)
(MibuDera) 京都通メンバ
所在地:京都市中京区坊城仏光寺北入ル壬生梛ノ宮町     卍地図情報卍

律宗の別格大本山の寺院

本尊:延命地蔵菩薩

創建:奈良時代

創建:園城寺(三井寺)の僧 快賢僧都(かいけんそうず)

中興の祖:円覚上人(えんがくしょうにん)

旧称:地蔵院、宝幢三昧寺(ほうどうさんまいじ)、心浄光院(しんじょうこういん)

通称:壬生さん(みぶさん)

洛陽三十三所観音巡礼第二十八番札所(塔頭 中院)(十一面観世音菩薩) 右矢印第二十九番札所へ右矢印
京都十二薬師第四番霊場(塔頭 中院)(歯薬師如来

重要文化財:建造物1棟(壬生寺大念仏堂)、美術工芸品3件

 壬生寺(みぶでら)は、四条大宮の南西の壬生にある寺院

 京都では珍しい律宗の別格大本山で「宝幢三昧寺(ほうどうさんまいじ)」とも称される

 鎌倉時代後期に寺を再興した円覚上人による融通念仏の「大念仏狂言」を伝える
 新選組ゆかりの寺

壬生寺の写真集

【壬生寺の歴史・経緯】


【壬生寺の伽藍】

 <山門(表門)(東門)(正門)>
 坊城通に東面して立つ
 高麗門、控え柱に屋根が付いている
 1799年(皇紀2459)寛政11年の再建
 壬生寺に残る最も古い建物

 <本堂>
 鉄筋コンクリート造、5間4面、入母屋造、本瓦葺、正面に3間の向拝付
 1811年(皇紀2471)文化8年の再建
 1962年(皇紀2622)昭和37年 本尊を含め全焼する
 1967年(皇紀2627)昭和42年 現在の建物が再建される
 1970年(皇紀2630)昭和45年 落慶法要が行われた

 <書院>
 社務所の奥(西側)、本堂の左側(北側)にある

 <壬生寺庭園(京都市指定名勝)>
 本堂の西、書院の南にある庭園
 1735年(皇紀2395)享保20年
 北村援琴が著した「築山庭造伝」に鳥瞰図が載せられている
 その後、大火で焼失したといわれる
 1811年(皇紀2471)文化8年
 本堂等が再建されたときに現在のように整えられたといわれ、「築山庭造伝」の鳥瞰図と相似している
 南北に長い枯池を中心とし、半周を築山で囲まれている
 書院から見て右手奥には、枯滝石組みがされている

 <大念仏堂(だいねんぶつどう)(狂言舞台)1棟(重要文化財)>
 「狂言堂」とも称される
 境内右側(北側)にある
 2階が大念仏狂言重要無形民俗文化財)の舞台となる
 二階建、本舞台、
 本舞台に向かう斜めにかけた勾欄のある通路「橋掛かり」、
 能舞台には見られない鬼などが飛び込んで消える「飛び込み」、
 綱渡り芸をする「獣台(けものだい)」などの特異な構造をもつ
 舞台:桁行13.9m、梁間5.9m、二階建、入母屋造、南面切妻破風付
 背面下屋:桁行13.9m、梁間6.0m、片流れ、北面突出部附属
 1856年(皇紀2516)安政3年の再建
 1980年(皇紀2640)昭和55年1月26日 重要文化財に指定される
 1983年(皇紀2643)昭和58年から2年間の解体修理が行われる
 附指定:道具蔵 1棟
 附指定:脇門 1棟
 附指定:土塀 2棟
 附指定:棟札 2枚

 <水掛地蔵堂>
 本堂手前右側(北側)にある
 江戸時代中期の作の地蔵菩薩(石仏)が祀られている
 水を掛けて祈ると、一つの願いが叶うといわれている
 御詠歌「みずかけの こころでねがえ なにごとも おもわでむすべ かなう みほとけ」

 <弁天堂>
 境内参道の右側(北側)、阿弥陀堂と水掛地蔵堂の間にある
 清水寺の延命院より移された本尊の秘仏 辧財天が祀られている
 子孫繁栄・金運上昇のご利益があるといわれる
 1894年(皇紀2554)明治27年の再建

 <阿弥陀堂>
 境内参道の右側(北側)にある
 阿弥陀如来三尊像(阿弥陀如来観音菩薩勢至菩薩)が安置されている
 阿弥陀堂の奥に、壬生塚(新選組隊士墓所)がある
 地階には「壬生寺 歴史資料室」があり、歴史史資料、壬生狂言、新選組史資料などが展示されている
 1213年(皇紀1873)建保元年 創建される  江戸時代 前川五郎左衛門により復興される  2002年(皇紀2662)平成14年
 建築家 山本良介の設計により、最新の建築法により再建された

 <夜啼き地蔵(よなきじぞう)>
 阿弥陀堂の向かって右にある
 阿弥陀堂の右にある石仏 地蔵菩薩
 「おせき地蔵」とも称される
 病気平癒や、幼児の夜泣き止めにご利益があるといわれている
 元は、塔頭 中院に祀られていたもの

 <一夜天神堂(いちやてんじんどう)>
 山門を入ってすぐ右側(北側)にある
 菅原道真が大宰府に左遷になったとき、壬生の親戚を訪れ、一夜を明かして別れを惜しんだといわれる
 江戸時代前期
 塔頭 寂静庵(じゃくじょうあん)の開基 託願上人(たくがんしょうにん)の夢枕に菅原道真が現れ、
壬生の地に祀るように告命されたといわれる
 託願上人は、神像を刻み、御社を建立して「一夜天神」と名付けられた
 一夜天神は、一夜にして知恵を授けるといわれ学業成就祈願のご利益がある
 また、菅原道真の故事から遠方親族の安全祈願もされる

 御神体:一夜天神像(託願上人の作)
 合祀:左側:六所明神:壬生寺の鎮守
    右側:金比羅大権現:伽藍守護の神さん

 1672年(皇紀2332)寛文12年
 鳥居に「寛文十二壬子年」「託願建之」と刻まれている
 1852年(皇紀2512)嘉永5年 現在の社殿が再建される


 <千体仏塔>
 本堂の左側(南側)にある
 室町時代からの阿弥陀如来像地蔵菩薩像など1,000体が、ミャンマーのパゴダに模して円錐形に安置されている
 明治時代の京都市市内各地の区画整理のときに各地から集められた石仏の塔
 1930年(皇紀2590)昭和5年頃の御土居の削平で出土した石仏もある
 1989年(皇紀2649)平成元年
 創建千年記念に建立された

 <鐘楼>
 本堂の手前左側(南側)にある
 毎年8月9日・10日の精霊迎え鐘や、大晦日の除夜の鐘として撞かれる
 1851年(皇紀2511)嘉永4年の再建
 梵鐘は、1848年(皇紀2508)嘉永元年に鋳造されたもの

 <三福川稲荷堂(みぶかわいなりどう)>
 大念仏堂の西側に建つ朱色の建物
 三福川大明神が祀られている
 「三福川」は、「壬生川」 という地名に由来する
 壬生の地の田畑の豊作を祈願して祀られるようになった
 壬生寺の鎮守社ともされる
 五穀豊穣・商売繁盛・子孫繁栄のご利益があるといわれる

 <壬生塚>
 阿弥陀堂の奥にある
 新選組隊士11人の墓所
 新選組局長 近藤勇の銅像と遺髪塔
 新選組屯所で暗殺された隊士 芹沢鴨と平山五郎のお墓
 勘定方 河合耆三郎のお墓
 池田屋騒動で亡くなった隊士 奥沢栄助、安藤早太郎、新田革左衛門ら7名の合祀墓

 <新選組屯所>
 表門前の坊城通に、2ヶ所の屯所の跡が残る

 <歴史資料室>
 阿弥陀堂の地階
 天皇からの拝領品や仏像、壬生狂言や新選組についての解説をパネルや写真で展示されている
 薬師如来三尊像も安置されている
 本尊の歯薬師如来は、京都十二薬師第四番霊場

 <ああ新撰組」の歌碑
 赤い太鼓橋を渡った壬生塚に歌手 三橋美智也の歌碑が立つ
 「加茂の河原に 千鳥が騒ぐ またも血の雨 涙雨・・・・」


塔頭 中院(ちゅういん)】

 かつて11の塔頭があった壬生寺に唯一残る塔頭
 古名:中之坊

 本尊:十一面観世音菩薩
 洛陽三十三所観音巡礼第二十八番札所
 京都十二薬師 第四番霊場

 寛永年間(1624年〜1644年)
 本良律師により創建される

 1829年(皇紀2489)文政12年  現在の本堂が再建される

 明治時代
 律宗の修業道場であった

 <十一面観世音菩薩
 鎌倉時代の作
 壬生寺の再興時に、平政平の発願により新造された諸仏の内の一体

 <御詠歌>
 「しゃくじょうの おとなりひびく みぶでらに ごうりきするは このほとけなり」


【壬生寺の寺宝】

 <木造 地蔵菩薩立像(じぞうぼさつりゅうぞう)1躯(重要文化財)>
 <十一面観世音菩薩
 <薬師如来三尊像>
 <紙本墨画淡彩 列仙図 六曲屏風 一双(重要文化財)>
 <本堂障壁画>
 <絹本著色 十一面観音像 1幅>
 <絹本著色 両界曼荼羅図 1幅2舖>
 <壬生寺縁起絵巻>
 <五仏錫杖(しゃくじょう)1枝(重要文化財)>
 <円覚上人彫像>
 <菩薩像>
 <羅漢像>
 <紙本墨書 壬生寺勧進帳 1巻>
 <紙本墨書 壬生寺勧進帳 1巻>
 <紙本墨書 豊臣秀吉朱印状 1通>
 <紙本墨書 豊臣秀吉朱印状 1通>
 <紙本墨書 徳川家康黒印状 1通>
 <古面「壬生三面」>
 <「能面」>
 <狂言の仮面>
 <壬生狂言の小道具>
 <金鼓(ごんく)>
 <硯>


壬生大念仏狂言(重要無形民俗文化財)】

 節分の2月2〜3日と4月29日〜5月5日、10月の連休に行われる
 京都三大念仏狂言の一つ

 鎌倉時代後期
 1300年(皇紀1960)正安2年
 円覚上人が始めたものといわれる
 仏教を民衆に分かりやすく説くために、大げさな身ぶり手ぶりで表現する無言劇を行ったといわれる
 江戸時代になると、布教活動としてよりも大衆娯楽として発展した

 仮面をつけた演者が、鉦、太鼓、笛の囃子に合わせ、無言で演じる無言劇
 演目は、平家物語、御伽草子などを題材にした話など30目ある
 煎餅を観客席に投げる(愛宕詣り)、紙でできた糸を観客席に投げる(土蜘蛛)、綱渡りをする(鵺)、
素焼きの皿を割る(炮烙割り)などの見せ場を持つ演目もある

 地元の小学生から長老まで約40人が壬生大念仏講中を構成して伝承している

 2006年(皇紀2666)平成18年
 衣装3点が京友禅の伝統技法により新調される
 「橋弁慶」に登場する牛若丸(源義経)のもえぎ色の着物
 「本能寺」で織田信長の小姓として登場する蘭丸の紫色の着物
 坊丸の紺色の着物

【壬生寺の祭事】

 <修正会> 1月1日〜3日
 <節分会> 2月2日〜3日
 <花まつり> 4月8日
 <壬生大念仏狂言> 4月25日〜5月5日の7日間
 <新選組隊士等慰霊供養祭> 7月16日
 <盂蘭盆> 8月9〜16日
 <壬生大念仏狂言> 10月の連休
 <除夜の鐘撞き> 12月31日


【その他】

 <新選組の本拠地>
 幕末維新の時代
 京都での江戸幕府のための治安維持のために活躍した新選組(当初は壬生浪士組)の本拠が、壬生村八木邸に置かれた
 兵法調練場として利用され、武芸、大砲の訓練が行われる


 <六所明神>
 江戸時代まで境内に祀られていたが、
 1873年(皇紀2533)明治6年
 明治新政府の廃仏毀釈の悪政により廃されてしまい、梛神社に合祀される


 <新選組の水色>
 壬生は湧水が出るところで、水質にも恵まれ、壬生菜・菜種・藍などの産地でもあった
 藍で染めた水色は壬生の色とされ、壬生大念仏狂言で用いられる手拭いも水色が用いられて
 新選組の羽織の段だら模様の水色も、壬生の色にちなむ

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【壬生寺へのアクセス】

 市バス 壬生寺道 徒歩約5分
 阪急電車 大宮 徒歩約10分
 嵐電 四条大宮駅 徒歩約10分

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