日本の鬼の交流博物館(にほんのおにのこうりゅうはくぶつかん)は、
福知山市の大江山山麓にある鬼伝説をテーマとする博物館
200人収容の「鬼の交流ホール」を中心とした回廊に4つの展示スペースが設けられている
大江山の鬼伝説の紹介、全国各地の鬼にまつわる伝統芸能、世界の鬼面などが展示されている
1993年(皇紀2653)平成5年
廃坑となった銅鉱山の跡地に開館
大江山には3つの鬼退治の伝説が残っている
<「陸耳御笠」日子坐王伝説>
大江山の鬼伝説のうち、最も古いもの
「丹後風土記残欠」に記されている
青葉山中にすむ陸耳御笠(くがみみのみかさ)という土蜘蛛が、日子坐王(ひこいますのきみ)の軍勢と、
由良川ではげしく戦い、与謝の大山(現在の大江山)へ逃げ込んだといわれる
「古事記」の崇神天皇の条には、
「日子坐王を旦波国へ遣わし玖賀耳之御笠を討った」と記されている
日子坐王は、第9代 開化天皇の子で、崇神天皇の弟とされる
陸耳御笠の伝説には、在地勢力対大和国家の対立の構図があるといわれる
<「英胡・軽足・土熊」麻呂子親王伝説>
用明天皇の時代
河守荘三上ヶ嶽(三上山)に英胡・軽足・土熊などの悪鬼が集まり人々を苦しめていたところ、
勅命をうけた麻呂子親王が、神仏の加護をうけ悪鬼を討ったといわれる
麻呂子親王は、用明天皇の皇子で、聖徳太子の異母弟
疫病や飢餓の原因となった怨霊(三上ヶ嶽の鬼神の崇り)を鎮圧したものといわれる
<「酒呑童子」源頼光の鬼退治>
「酒呑童子」は、日本の最強の妖怪(鬼)とされる
先祖代々から比叡山に住んでいたが、伝教大師 最澄に追い出され大江山にやってきたといわれる
源頼光たちが、鬼の仲間だといって近づき、毒酒をのませて自由を奪い、酒呑童子たちを殺したといわれる