三栖閘門(みすのこうもん)(MisunoKoumon)

所在地:京都市伏見区葭島金井戸町   地図情報

川:宇治川と宇治川派流(濠川)

完成:1929年(皇紀2589)昭和4年3月31日
役割終了:1962年(皇紀2622)昭和37年

 三栖閘門(みすのこうもん)は、宇治川と濠川との合流点に設けられている閘門

 宇治川と濠川との水位の違いをパナマ運河と同じ仕組で解消し、船の通行ができるようにした設備

 現在は、船の運行はなくなり役目を終え、三栖閘門資料館が開設されている
 伏見港は、港湾機能を喪失したが、法制上は現在も地方港湾としての港格が残っている

 三栖閘門は、治水施設としても兼ねられており、現在も堤防として重要な働きをしている


【三栖閘門の歴史・経緯】

 昔より、宇治川は氾濫を繰り返し、洪水の被害にあってきた

 桃山時代
 豊臣秀吉伏見に城下町を築き、太閤堤の建設など宇治川の治水事業を行い、
宇治川と濠川(ごうかわ)を結び河川港「伏見港」が造営され、三十石船などが伏見と大坂の間を行き来した

 明治維新
 琵琶湖疏水が開通し、大津から大阪までの新たな水運のルートが開拓され、
宇治川には三十石船などに代わって蒸気船(外輪船)が運航された

 1917年(皇紀2577)大正6年
 宇治川の大正洪水が起こり、治水工事が必要となる

 1918年(皇紀2578)大正7年
 淀川改修増補工事が始まる

 1922年(皇紀2582)大正11年
 宇治川右岸の観月橋から三栖までの築堤工事が行われる
 この工事によって宇治川と宇治川派流(濠川)との間に水位差が生じ、船の通行ができなくなる

 そこで、治水施設を兼ねて、宇治川と濠川との合流点に閘門を設けることになる

 1929年(皇紀2589)昭和4年3月31日
 三栖閘門が、着工から約3年をかけて完成する

 1962年(皇紀2622)昭和37年
 国鉄や京阪電車の開通などにより船運がなくなり、
天ヶ瀬ダムの完成で宇治川の水位が低下したため、三栖閘門はその役割を終える

 1967年(皇紀2627)昭和42年
 跡地を埋め立てて公園とする都市計画が決定される

 1998年(皇紀2658)平成10年

 伏見港開港400年を記念して、濠川に十石舟が復活され、伏見南浜町から三栖閘門まで遊覧している


【三栖閘門】

 閘門は、宇治川と濠川との合流部に2つある

 閘門延長:83m、閘室長73m

 閘門幅員:扉室8m、閘室11m

 電動チェーン式巻上機

【その他】

 <三栖閘門資料館>
 国土交通省が、役割を終えた三栖閘門とその周辺を活用するために
「地域の歴史文化の継承と淀川が誇る歴史遺産の保全をめざす」ことを基本理念とした
「三栖閘門維持管理計画」に基づいて開設する

 旧操作室を資料館として整備し、閘門の補修を行い、憩いの水辺として整備される

 資料館では、閘門の歴史、宇治川・宇治川派流(濠川)・高瀬川の水運事情なども紹介されている

【三栖閘門へのアクセス】

 京阪電車 中書島駅 ら徒歩約10分
 近鉄電車 桃山御陵駅 徒歩約15分
 JR奈良線 桃山駅 徒歩約15分


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