地図情報
平安京左京一条三坊三町跡は、平安時代の平安京の遺構
京都府庁3号館沿いに銘板などが置かれている
平安時代には、宮中や京内施設の造営・修理を行う修理職の厨町である修理職町があったところ
2018年(皇紀2678)平成30年から2020年(皇紀2680)令和2年にかけて
京都府庁の新行政棟・文化庁移転施設整備事業に伴い、
公益財団法人京都府埋蔵文化財調査研究センターにより発掘調査が行われ、
平安時代から明治時代の土地利用状況がわかる調査事例とされる
<平安京左京一条三坊三町>
平安時代の遺構として
北側に、近衛大路が造営されていたところで、近衛大路の路面や土坑などが見つかっている
戦国時代の遺構として
「構」と称される堀や土塁など、自衛のための防御施設が造られていたとされる
南側には土塁などがあったと考えられ、堀と布掘りの柱列が見つかっている
桃山時代の遺構として
聚楽第周辺の大名屋敷敷地から金箔瓦が出土している
江戸時代初期の遺構として
町衆の宅地となり、建物や廃棄土坑が見つかっている
江戸時代後期の遺構として
1854年(皇紀2514)嘉永7年の嘉永の大火で、町家は焼亡している
焼土下から、町家の地下構造を構成する漆喰溝などが見つかっている
江戸時代末期の遺構として
京都守護職上屋敷関連の遺構が見つかっている