地図情報
願成寺(がんじょうじ)は、東福寺境内の南部にある塔頭
南大門から入って東向きに六波羅門の手前、桂昌院の南向かいにある
さまざまな苦を消除する寺院として「願成就寺」「苦労消除の寺」と称されている
<本堂>
<庫裏>
<前庭>
庫裏の前に大きな石組がされている
<阿保親王塚>
宝篋印塔が立っている
<しだれ桜>
<阿保親王像>
親王堂内に阿保親王の位牌がとともに祀られている
<絹本著色 仏通禅師像(ぶっつうぜんじぞう)1幅(重要文化財)>
仏通禅師は、東福寺開山 円爾弁円の法嗣で、東福寺第九世 癡兀大恵の諡号
1301年(皇紀1961)正安3年の作
正安三年の自賛がある
1909年(皇紀2569)明治42年4月5日 重要文化財に指定される
<癡兀大恵墨蹟(ちこつだいえぼくせき)1幅(重要文化財)>
正和元年十一月廿二日の遺偈
1312年(皇紀1972)正和元年11月22日
癡兀大恵が、伊勢安養寺で亡くなる直前に記された禅僧遺偈の典型とされる
臨終直前で、各字は不揃いで、筆致は乱れている
1975年(皇紀2635)昭和50年6月12日 重要文化財に指定される
<苦労消除祭(浄火苦集滅御祭)(親王祭)>
11月3日に行われていた
巻物「苦労お預かり書」に1つだけ「苦」を書き納める
巻物は、親王堂前に置かれ読経の後、奈良洞川真言宗醍醐派大本山 大峰山 龍泉寺の
導師や山伏修験者らが東福寺山内を練り、諸堂で読経が行われる
親王堂前で、巻物・護摩木による大護摩焚供養が行われる
最後に火渡りの行があり無病息災が祈願される
<願成寺開基 阿保親王>
平城天皇の第一皇子
才能豊かで、胆力があり、情に篤い人柄だったといわれる
親王の父親 平城天皇と弟 嵯峨天皇の皇位をめぐる争乱薬子の変に巻き込まれ、太宰府へ流される
30年後
嵯峨天皇皇系と淳和天皇皇系の皇位をめぐる争乱薬子の変にも巻き込まれる
<深草願成町>
願成就院(願成寺)の創建当初は、現在の地の南、伏見稲荷大社の北付近に建立された
現在も地名が残っている