隠元隆琦(いんげんりゅうき)(Ryuuki Ingen)

中国 明から渡来してきた臨済宗の僧

生年:万暦20年、1592年(皇紀2252)文禄元年11月4日
没年:1673年(皇紀2333)寛文13年4月3日
享年:82

俗名:林曽炳

特諡:大光普照国師、仏慈広鑑国師、径山首出国師、覚性円明国師
勅賜:真空大師、華光大師

出身:中国 福建省福州福清県

 隠元隆琦(いんげんりゅうき)は、中国 明から渡来してきた臨済宗の僧

 宇治に土地を与えられ、黄檗山萬福寺を創建し、日本黄檗宗の祖

 普茶料理をもたらしたり、日本における煎茶道の開祖ともされる

【隠元隆琦の歴史・経緯】

【隠元隆琦の文化】

 <宗風>
 中国 明における臨済宗そのものであったが、日本に根付いていた禅風とは異なっており、「臨済正宗」と称した
 明朝禅の新風と、隠元禅師の高徳を慕って数千人の僧が集まり、宗教界全体に影響を与えたといわれる
 特に、持戒禅を教え、「授戒」や「放生」の儀式が行われた

 <禁牌石>
 「葷酒山門に入るを許さず」の石碑
 隠元禅師の教えにより、多くの寺院の門前に建てられた

 <黄檗文化>
 20人ほどの弟子を連れて、長崎に着く
 隠元禅師一行によってもたらされた建築・仏像・書・絵画・医学・服飾・煎茶・料理など様々な中国文化が、
武家、一般民衆に好意的に受け入れられ根付いた

 <普茶料理
 隠元禅師によってもたらされた中国風の精進料理

 <インゲン豆>
 隠元禅師が中国 明より持ち込んだ食材の一つで、大角豆(ささげ)という豆
 隠元禅師が亡くなられた4月3日は、「インゲンの日」とされている

 その他、西瓜、孟宗竹、レンコンなども持ち込まれている

 <寒天
 日本独自で作られたものだが、隠元禅師が名付けたものといわれる

 <黄檗の三筆 隠・木・即(いんもくそく)>
 能書家としても著名
 弟子 木庵性あん、即非如一禅師とともに「黄檗の三筆」とされる

 <煎茶道
 日本における煎茶道の開祖とされる
 全日本煎茶道連盟の事務局は萬福寺に置かれ、同連盟の会長は萬福寺の管長が兼務することが慣わしとなっている

【隠元隆琦ゆかりの地】

 <智恩寺
 文殊堂(本堂)に、隠元隆琦筆の扁額「五台山」がかかっている

 <蓮華寺
 本堂の再興に隠元隆琦や木庵禅師が関わったとされ、黄檗宗様式の建物となっている

 <清凉寺>  釈迦堂(本堂)(京都府指定文化財)の正面の大額「栴檀瑞像(せんだんずいぞう)」は、隠元隆琦の書

【その他】

 <JR東海「そうだ 京都、行こう。」
 2000年(皇紀2660)平成12年の夏のキャンペーンで、
 「スイカ、れんこん、精進揚げ、けんちん汁、インゲン豆。そしてダイニングテーブルに椅子。
そうか、「一家だんらん」は、インゲンさんが持ち込んだってワケだ。」 と紹介される

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