惟喬親王(これたかしんのう)
(KoretakaShinnou) 京都通メンバ
惟喬親王(これたかしんのう)

生年:844年(皇紀1504)承和11年
没年:897年(皇紀1557)寛平9年2月20日
享年:54

父親:文徳天皇
第一皇子
母親:紀名虎の娘 紀静子
息子:兼覧王(中古三十六歌仙)
娘:小若君(後撰和歌集歌人)

官位:四品
法名:素覚
号:小野宮、水無瀬宮(みなせのみや)

墓地:大原上野五輪塔(左京区大原上野町)

 惟喬親王(これたかしんのう)は、平安時代初期の皇族

 文徳天皇の第一皇子であったが皇位につけず、出家・隠棲して、和歌に興じる

【惟喬親王の歴史・経緯】

【惟喬親王】

 <勅撰歌人>
 勅撰和歌集に6首が採録されている
 すべて山城国愛宕郷小野に隠棲後の寂寥、哀愁を詠っている
 在原業平遍昭僧正、伯父 紀有常ら歌人と交流し、たびたび詩歌の宴を催した

 古今和歌集 2首
 後撰集和歌集 1首
 新古今集和歌集 1首
 続後拾遺和歌集 1首
 新千載和歌集 1首

 「白雲のたえずたなびく峯にだに住めば住みぬる世にこそありけれ」(古今和歌集巻18)


 <木地師の祖>
 轆轤(ろくろ)を用いてお椀やお盆等の木工品(挽物)を加工・製造する職人
 惟喬親王が、所領の近江国小椋(現在の滋賀県東近江市)の小椋荘において、
手遊びに綱引轆轤(紐錐轆轤)を考案し、村人に、轆轤の術を教えたのが由来といわれる
 小椋は、木地屋発祥の地となり、惟喬親王は木地師の祖として祀られている

【惟喬親王ゆかりの地】

 惟喬親王を主祭神として祀られる神社が各地に存在する

 <大原上野五輪塔(左京区大原上野町)>
 惟喬親王のお墓といわれる
 惟喬親王が死去された比叡山山麓の小野の地
 隣には、小野御陵神社がある

 <玄武神社(北区紫野雲林院町)>
 祭神:惟喬親王
 悲運な惟喬親王の怨霊の慰霊のため、惟喬親王が寵愛されていた御剣を霊代として祀られている

 <惟喬神社(北区雲ケ畑出谷町)>
 祭神:惟喬親王
 臣下や村人たちが惟喬親王の徳を永遠に奉祀するために創建したといわれる
 惟喬親王が、寵愛していた雌鳥がこの地で病死したため祠を建てたといわれ「雌社」と称される
 惟喬親王が亡くなられたときに雌鳥の鳴き声がしたといわれ「雌宮」「雌鳥社」とも称される

 <大森賀茂神社(北区大森東町)>  摂社 惟喬神社に祀られている
 惟喬親王が閑居された地といわれる

 <高雲寺(北区雲ヶ畑中畑町)>
 北区雲ヶ畑出張所前にあり、惟喬親王がこの地に建立して移り住んだ高雲宮跡
 惟喬親王の死後、寺院にされて、惟喬親王の位牌が祀られている

 <金輪山 小野院 安楽寺(北区大森東)>
 惟喬親王により創建された
 歌碑「忘れては 夢かとぞ思ふ思ひきや 雪ふみわけて 君をみむとは」が立てられている

 <法輪寺
 漆の製法や漆器製造法が未完成なことを嘆かれていた惟喬親王が、
11月13日に法輪寺に参籠されたとき、本尊の虚空蔵菩薩から技法を伝授されたといわれる
 惟喬親王は、漆の製法や漆器製造法などを各地に広めたといわれ「うるしの祖」と称される
 11月13日には、うるし祭が行われる

 <小野宮
 平安京左京二条三坊十一町にあった
 「小野宮」と称された惟喬親王が住まれていた

 <夜泣峠(左京区鞍馬貴船町)>
 幼少の惟喬親王が、乳母に抱かれて二ノ瀬へ向かう途中に山で一夜を明かされたとき、
親王が夜泣きされたため、峠にあったお地蔵に願をかけたとたんに泣き止まれたといわれる
 現在も地蔵祠がある

 <桟敷ヶ岳
 惟喬親王が、山上に高楼(桟敷)を作り都を眺望したという故事が山名の由来であるといわれる
 「平家物語」や歌舞伎などによれば、
 惟喬親王は、惟仁親王と皇位を争って、この地で相撲を行なったといわれる
 頂上付近には、「都笹」と称される笹藪が茂っており、惟喬親王が杖を逆さに立てたものが根付いたものといわれる

 <廃渚院観音寺(大阪府枚方市)>
 惟喬親王が毎年、訪れていた交野ケ原にあった別荘 渚院(なぎさのいん)
 桜の名所で在原業平らと花の宴を催したといわれる
 惟喬親王の死去された後、観音寺が建立される
 明治維新、明治新政府の廃仏毀釈の悪政により廃寺にされてしまう
 跡地に鐘楼と梵鐘(ともに枚方市有形文化財)が残されている


 <在原業平
 在原業平の妻が、惟喬親王のいとこであった
 19歳年上だったが、親密な主従関係を結んでいた
 「伊勢物語」82段(渚の院)、「伊勢物語」83段(雪の小野詣)に逸話がある

 「忘れては 夢かとぞ思ふ思ひきや 雪ふみわけて 君をみむとは」(古今和歌集巻18)(伊勢物語83段「小野の雪」)
 雪が降り積もる小野に出家されて隠棲されてしまった惟喬親王を訪れて詠んだ

 <雲ヶ畑松上げ
 惟喬親王を慰めるために始められたのが由来


【京都検定 第27回1級】

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