伊勢物語(いせものがたり)は、平安時代初期に作成された仮名文学の代表的な歌物語集
貴族の主人公の恋愛を中心とする和歌にまつわる短編歌物語集
主人公の名前は明記されず、各段が「むかしおとこ」ではじまる
在原業平がモデルになっているといわれる
完成年度は不詳で、 平安時代初期、現存する歌物語のうち最古の作品とされる
モデルとされる在原業平が死去された後の説話もあり、880年(皇紀1540)元慶4年以降の完成とされる
藤原定家が書写したとされる定家本によると、全1巻・125段・和歌209首からなる
<構成>
藤原定家が書写したとされる定家本によると、全1巻・125段・和歌209首からなる
主人公の「むかしおとこ」の元服から死去後までを、各段、2~3行から数十行の仮名文と歌でつづられている
独立した各段が、ゆるやかに結合している
<主人公>
「むかしおとこ」(章段が「むかしおとこ」からはじまる)
モデルの人物名は明記されていない
歌人 在原業平の和歌が多く採録されている
第63段では、在原業平の別称が記されている
第23段「筒井筒」では、在原業平と関わりのない田舎人の話がある
紀有常
平安時代の貴族 紀有常が実名で記されており、紀有常と関わりの多い人物がモデルとして多く登場する
第16段「紀有常」の冒頭は「むかし紀有常といふ人ありけり」と記されている
在原業平は、紀有常の娘を妻としている
惟喬親王は、紀有常の甥
藤原高子
清和天皇の皇太后で「二条后」と称される
在原業平との叶わなかった恋愛をしたといわれる
伊勢物語には、段3から段14、段65・段76に、二条后と主人公の悲恋が記されている
惟喬親王
在原業平の19歳年下だったが、親密な主従関係を結んでいた
第82段「渚の院」、第83段「雪の小野詣」に逸話がある
人康親王
第78段に登場する「山科の禅師親王」のモデルといわれる
<一代記>
冒頭は、主人公の元服直後が描かれ、末尾は、主人公の死去後が描かれている
その間には、元服したての男の若い恋や、二条后との悲恋、東国への東下り、伊勢の斎宮との出会い、
親王との主従関係の中で四季を楽しむ風情などが記され、後半には老人となった男が登場する
藤原定家が書写したとされる定家本によると、全1巻・125段・和歌209首からなる
<段一 初冠>
<段二 西の京>
<段三 ひじき藻>
<段四 西の対>
<段五 関守>
<段六 芥河>
<段七 かへる浪>
<段八 浅間の嶽>
<段九 東下り>
<段十 たのむの雁>
<段十一 空ゆく月>
<段十二 盗人>
<段十三 武蔵鐙>
<段十四 くたかけ>
<段十五 しのぶ山>
<段十六 紀の有常>
<段十七 年にまれなる人>
<段十八 白菊>
<段十九 天雲のよそ>
<段二十 楓のもみぢ>
<段二十一 おのが世々>
<段二十二 千夜を一夜>
<段二十三 筒井筒>
<段二十四 梓弓>
<段二十五 逢はで寝る夜>
<段二十六 もろこし船>
<段二十七 たらひの影>
<段二十八 あふごかたみ>
<段二十九 花の賀>
<段三十 はつかなりける女>
<段三十一 よしや草葉よ>
<段三十二 倭文の苧環>
<段三十三 こもり江>
<段三十四 つれなかりける人>
<段三十五 あわ緒>
<段三十六 玉葛>
<段三十七 下紐>
<段三十八 恋といふ>
<段三十九 源の至>
<段四十 すける物思ひ>
<段四十一 紫>
<段四十二 誰が通ひ路>
<段四十三 名のみ立つ>
<段四十四 馬のはなむけ>
<段四十五 行く蛍>
<段四十六 うるはしき友>
<段四十七 大幣>
<段四十八 人待たむ里>
<段四十九 若草>
<段五十 鳥の子>
<段五十一 菊>
<段五十二 飾り粽>
<段五十三 あひがたき女>
<段五十四 つれなかりける女>
<段五十五 言の葉>
<段五十六 草の庵>
<段五十七 恋ひわびぬ>
<段五十八 荒れたる宿>
<段五十九 東山>
<段六十 花橘>
<段六十一 染河>
<段六十二 こけるから>
<段六十三 つくも髪>
<段六十四 玉簾>
<段六十五 在原なりける男>
<段六十六 みつの浦>
<段六十七 花の林>
<段六十八 住吉の浜>
<段六十九 狩の使>
<段七十 あまの釣船>
<段七十一 神のいがき>
<段七十二 大淀の松>
<段七十三 月のうちの桂>
<段七十四 重なる山>
<段七十五 海松>
<段七十六 小塩の山>
<段七十七 春の別れ>
<段七十八 山科の宮>
<段七十九 千ひろあるかげ>
<段八十 おとろへたる家>
<段八十一 塩竈>
<段八十二 渚の院>
<段八十三 小野>
<段八十四 さらぬ別れ>
<段八十五 目離れせぬ雪>
<段八十六 おのがさまざま>
<段八十七 布引の滝>
<段八十八 月をもめでじ>
<段八十九 なき名>
<段九十 桜花>
<段九十一 惜しめども>
<段九十二 棚なし小舟>
<段九十三 たかきいやしき>
<段九十四 紅葉も花も>
<段九十五 彦星>
<段九十六 天の逆手>
<段九十七 四十の賀>
<段九十八 梅の造り枝>
<段九十九 ひをりの日>
<段百 忘れ草>
<段百一 あやしき藤の花>
<段百二 世のうきこと>
<段百三 寝ぬる夜>
<段百四 賀茂の祭>
<段百五 白露>
<段百六 龍田河>
<段百七 身をしる雨>
<段百八 浪こす岩>
<段百九 人こそあだに>
<段百十 魂結び>
<段百十一 まだ見ぬ人>
<段百十二 須磨のあま>
<段百十三 短き心>
<段百十四 芹河行幸>
<段百十五 みやこしま>
<段百十六 はまびさし>
<段百十七 住吉行幸>
<段百十八 たえぬ心>
<段百十九 形見>
<段百二十 筑摩の祭>
<段百二十一 梅壺>
<段百二十二 井出の玉水>
<段百二十三 鶉>
<段百二十四 われとひとしき人>
<段百二十五 つひにゆく道>
<段一 初冠>
むかし、男 初冠して、奈良の京春日の里に、しるよしして、狩りに往にけり。
その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。
この男かいまみてけり。
思ほえず、ふる里にいとはしたなくてありければ、心地まどひにけり。
男の、着たりける狩衣の裾を切りて、歌を書きてやる。
その男、信夫摺の狩衣をなむ着たりける。
春日野の若紫のすりごろもしのぶの乱れ かぎりしられず
となむ おひつきて言ひやりける。ついでおもしろきことともや思ひけむ。
陸奥のしのぶもぢ 摺り誰ゆゑに乱れそめにし 我ならなくに
といふ歌の心ばへなり。
昔人は、かくいちはやき みやびをなむしける。
<段六十三 つくも髪>
むかし、世心つける女、
いかで心なさけあらむ男にあひ得てしがなと思へど、
いひいでむもたよりなさに、まことならぬ夢がたりをす。
子三人を呼びて語りけり。
ふたりの子は、なさけなくいらへてやみぬ。
三郎なりける子なむ、「よき御男ぞいで来む」とあはするに、この女、けしきいとよし。
こと人はいとなさけなし。
いかでこの在五中将にあはせてしがなと思ふ心あり。
狩し歩(あり)きけるにいきあひて、道にて馬の口をとりて、
「かうかうなむ思ふ」といひければ、あはれがりて、来て寝にけり。
さてのち、男見えざりければ、女、男の家にいきてかいまみけるを、男ほのかに見て、
百年(ももとせ)に一年(ひととせ)たらぬつくも髪われを恋ふらしおもかげに見ゆ
とて、いで立つけしきを見て、うばら、からたちにかかりて、家にきてうちふせり。
男、かの女のせしやうに、忍びて立てりて見れば、女嘆きて寝(ぬ)とて、
さむしろに衣かたしき今宵もや恋しき人にあはでのみ寝む
とよみけるを、男、あはれと思ひて、その夜は寝にけり、
世の中の例として、思ふをば思ひ、思はぬをば思はぬものを、
この人は思ふをも、思はぬをも、けぢめ見せぬ心なむありける。
(この段には在原業平の通称「在五中将」が記されている)
「伊勢物語」の原本は現在、存在しない
<定家本>
藤原定家が、1234年(皇紀1894)天福2年に書写した写本
125段・和歌209首からなる
「伊勢物語」のほとんどの諸本は、定家本をもとに写本、記されている
藤原定家は、何度も「伊勢物語」の書写を行っているが、自筆本は残っていない
天福本
1234年(皇紀1894)天福2年の写本
「天福二年正月廿日已未申刻・・・」から始まる奥書が記されている
藤原定家の自筆本は江戸時代に火災により焼失している
流布本(根源本)
「抑伊勢物語根源・・・」から始まる奥書が記されている
藤原定家の写本のなかでは、初期に書写されたものといわれる
<三条西家旧蔵本>
三条西実隆が、天福本を忠実に書写したもの
現在は、学習院大学の所蔵となっている
現在、出版されている「伊勢物語」のほとんどは、この写本を翻刻・校訂したものといわれる
<冷泉為和筆本>
1547年(皇紀2207)天文16年
冷泉為和が、藤原定家の自筆の写本を直接書写したもの
奥書に、漢字・仮名の使い分けや、行数の不同・紙数・外題などを忠実にそのまま書き写した旨が記されている
宮内庁書陵部の所蔵
<嵯峨本>
慶長年間(1596年~1615年)から元和年間(1615年~1624年)頃
本阿弥光悦が、豪商 角倉素庵の協力を得て出版した本
画家たちの絵が、半分以上占められた絵本のような本
江戸時代のベストセラーだったといわれる