細川ガラシャ(ほそかわがらしゃ)は、明智光秀の三女 明智玉、細川忠興(三斎)の正室
細川家とともに、勝龍寺城・宮津城・大坂屋敷に住む
24歳のとき、キリスト教信徒(キリシタン)の先例を受け、「ガラシャ(Gratia)」という洗礼名を受ける
<辞世の句>
「ちりぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」
<お墓>
大徳寺高桐院など、数ヶ所にガラシャのお墓とされるところがある
<勝竜寺城公園>
長岡京市勝竜寺町
織田信長より、夫 細川忠興の父親 細川幽斎に与えられた勝龍寺城跡
勝龍寺城で新婚時代の3年間を過ごした細川忠興と明智玉(細川ガラシャ)の銅像が本丸跡に立てられている
<琴引浜>
京丹後市(旧網野町)の砂浜
細川ガラシャの歌碑「名に高き 太鼓の浜に 聞く秋の 遠にも渡る 秋の夕さめ」が立っている
<長岡京ガラシャ祭>
日時:11月第2日曜日
メイン会場:長岡京市立中央公民館市民ひろば・勝竜寺城公園
勝龍寺城跡が復興された記念に、ガラシャが16歳で、勝龍寺城の細川忠興のもとに嫁いできたことを祝い行われ始める