板倉勝重(いたくらかつしげ)(Itakura Katsushige)

板倉勝重(いたくらかつしげ)は、江戸時代前期の大名・京都所司代

生年:1545年(皇紀2205)天文14年
没年:1624年(皇紀2284)寛永元年4月29日
享年:79

板倉家宗家初代

徳川二十将の一人

法諱:長圓院
別称:板倉伊賀守・四郎右衛門

 板倉勝重(いたくらかつしげ)は、江戸時代前期の大名・初代京都所司代

 優れた手腕と柔軟な判断で多くの事件、訴訟を裁定し、判例集「板倉政要」も記される名奉行とされた

【板倉勝重の歴史・経緯】


【板倉勝重のゆかりの地】

 <二条城
 徳川家康が征夷大将軍の宣下を受けるのに際して、上洛時の宿所として二条城の築城を決め、
 板倉勝重が、造営総奉行になる
 翌 慶長8年3月に落成する

 <長圓寺
 1608年(皇紀2268)慶長13年
 板倉勝重が、清巌大和尚に帰依し、約800坪の土地を寄進する
 板倉勝重の死後、法諱(ほうき)「長圓院」にちなんで、「長圓寺」と号される

 <高台寺
 1604年(皇紀2264)慶長9年
 ねねが、豊臣秀吉の菩提を弔うため「高台寺」を造営し始める
 徳川家康は、政治的配慮からの多大な財政的援助を行い協力したといわれ、
酒井忠世・土井利勝を高台寺造営御用掛に、京都所司代 板倉勝重を普請奉行、堀監物直政を普請掛に任じる

【その他】

 <板倉政要>
 板倉勝重と、息子 板倉重宗の判例集
 優れた手腕で名奉行といわれる善政を行った、柔軟な裁定や逸話が残された


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