出雲氏(いずもし)

 出雲氏(いずもし)は、平安京遷都以前に、賀茂川高野川の合流付近に勢力を持っていた氏族

 出雲国造の天穂日命を始祖とする

 高い教養や、農耕、鉄製品の生産、紙漉き、賀茂川高野川での漁、鋳物銭、木工、園池作りなど
優れた手工業の技術を持っていたとされ、賀茂氏とともに北山城の開拓に携わる

 数十人の官僚を送り出すなど下級官人として活躍していた

 長屋王の夫人の従者として仕えた「安麻呂」や、多くの農民を従えていた「真足(またり)」らを輩出した

【出雲氏の歴史・経緯】

【出雲氏ゆかりの地】

 <出雲郷>
 賀茂川の西岸で鞍馬口通を挟む南北の地域の地名
 かつて、出雲氏がここに住み、鎮守社 出雲井於神社があったことが、地名の由来

 発掘調査などから、出雲郷の範囲は、
 北は上御霊神社の北 出雲路松ノ下町のある紫明通付近まで、南は同志社大学今出川キャンパス付近まで、
 東は鴨川付近まで

 <出雲路(いずもじ)>
 現在の北区南東部の地名
 出雲路鞍馬口、出雲路俵町、出雲路神楽町、出雲路松ノ下町、出雲路立テ本町、出雲路橋など

 <出雲井於神社(いずもいのうえじんじゃ)>
 出雲氏の氏神を祀る
 延喜式神名帳にも記載されている式内社
 現在は、下鴨神社の境内末社となっている

 <出雲高野神社>
 出雲氏の氏神を祀る
 延喜式神名帳にも記載されている式内社
 現在は、崇道神社の境内末社となっている

 <出雲寺(上出雲寺・下出雲寺)
 出雲郷にあった出雲氏の氏寺
 東寺西寺に匹敵するほどの勢力を持っていたといわれる
 現在は、上御霊神社になっている

【その他】

 <相国寺境内の発掘調査>
 2004年(皇紀2664)平成16年
 出雲氏が居住していたであろう小規模な竪穴住居20棟、掘立柱建物、柵などが見つかる
 釜土(かまど)を築く際に使われたと考えられる瓦や須恵器
 鉄を鍛える際に飛び散った鉄くずや道具が見つかり、鉄製品を生産していたことも明らかになる

 <上京遺跡>
 上御霊神社北西隣のマンション建設予定地
 2015年(皇紀2675)平成27年の発掘調査
 出雲氏の屋敷とみられる本格的な建物跡が複数見つかる
 約300m2を調べた結果、北西隅と南東隅から一辺約60〜70cmの方形の柱穴が計5カ所出土した


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