地図情報
報土寺(ほうどじ)は、上京区四番町、仁和寺街道に面してある寺院
洛陽四十八願所地蔵めぐりの腹帯地蔵や、遊女観音が祀られている
<表門(おもてもん)1棟(重要文化財)>
一間薬医門、切妻造、本瓦葺
江戸時代初期
移転前の旧地から移建されたもの
1985年(皇紀2645)昭和60年5月18日 重要文化財に指定される
<本堂(ほんどう)1棟(重要文化財)>
やや規模の大きい仏堂
桁行七間、梁間六間、一重、入母屋造、向拝三間、本瓦葺
舟肘木を用いた簡素な造り
1629年(皇紀2289)寛永6年の建立
移転前の旧地から移建されている
1985年(皇紀2645)昭和60年5月18日 重要文化財に指定される
附指定:棟札 1枚
<遊女観世音菩薩立像(遊女観音)>
本堂前に立っている
付近の遊郭で亡くなった身寄りのない遊女たちを弔い共同墓に葬られていたといわれる
<地蔵堂>
妓楼 生駒楼により寄進された腹帯地蔵が祀られている
扁額「生駒楼」「腹帯地蔵」がかけられている
洛陽四十八願所地蔵めぐり
<鎮守社>
扁額「八幡宮 光吉稲荷大明神」がかけられている
<井戸>
「照福院」と刻まれている
<石標「黒田長政公 御母堂之墓」>
<お墓>
黒田長政の母親 櫛橋光(黒田官兵衛の正妻)のお墓
塔頭だった照福院から移されている
<木造 阿弥陀如来立像(あみだにょらいりゅうぞう)1躯(重要文化財)>
本尊の上品下生印を結ぶ阿弥陀如来
像高80.3cm、漆箔、玉眼、快慶が創出した安阿弥様(あんなみょう)
1258年(皇紀1918)正嘉2年7月12日
左足ほぞに正嘉二年七月十二日造の銘がある
1942年(皇紀2602)昭和17年12月22日 重要文化財に指定される
近江 八幡宮に祀られていたものといわれる
住職の夢に阿弥陀如来が現れ手招きされ、進んでいくと近江八幡にたどり着き、土中が光り輝き、阿弥陀如来が出現した
阿弥陀如来は、報土寺に遷ることを望み、当寺に遷されたといわれる
<腹帯地蔵>
地蔵堂に祀られている
像高約2m、彩色
妓楼 生駒楼により寄進された
霊元天皇の勅命により僧 宝山が六地蔵以外の48か寺の地蔵尊を選んだ洛陽四十八地蔵願所の霊場に選ばれる
地蔵堂には、扁額「生駒楼」「腹帯地蔵」がかけられている