地図情報
華光寺(けこうじ)は、出水通を七本松通から東に入ったところにある寺院
七番町は、桃山時代の聚楽第の武家町跡
周辺にも各宗派の寺院がいくつもあり「てらまち」とも称される地域にある
出水の七不思議の時雨松と五色椿があった(いづれも枯死している)
<山門>
六足門
伏見城から移築したものといわれる
<本堂>
中央に本尊 十界曼荼羅が祀られている
<毘沙門堂>
本堂の手前の右側に立てられている
鳥居が立てられている
<岩国大明神>
本堂の前の右側に立つ
<鐘楼>
山門入って左側にある
<梵鐘(京都府指定文化財)>
銅鐘、高さ102cm、口径57cm
撞座の蓮華文以外の装飾はない
「正応元年十月十八日庚午 鋳工 橘則弘」の銘文がある
則天文字(中国の女性皇帝 則天武后の創作した文字)が使われている珍しいもの
1288年(皇紀1948)正応元年の作で、鎌倉時代後期の代表作
丹波国 愛宕山別院 巌辺寺にあったもので「丹州巌辺寺鐘」の銘もある
<時雨松(しぐれのまつ)>
豊臣秀吉手植えの松といわれる
晴れの日も枝からしずくを落としたといわれ、出水の七不思議の一つとされる
枯死してしまって、現在は、子孫の松の木が育成している
古株が保存されている
<五色椿(ごしきつばき)>
五色の花をつけたという椿
出水の七不思議の一つ
枯死してしまって、現在は、七種の椿が育成している
<門前の石碑「大毘沙門天」>
<門前の地蔵尊>
<法界の石塔 南無妙法蓮華経>
<手水舎>
<墓地>
京都町奉行 長谷川宣雄
幕末維新の尊攘画家 宇喜田一恵
山陵研究家 平塚瓢斎
加藤清正の累代子孫一族
など30数基がある
<歌碑>
前庭に立っている
川柳「合わす掌の中から幸せが生まれ」
平安川柳社のメンバ 福永清造の作
<木造 毘沙門天像>
毘沙門堂の厨子内で祀られている
法華経の陀羅尼品(だらにほん)において、法華経受持の者を擁護することを誓われた大善神とされる
高さ160cm
甲冑をまとい、右手に三叉戟(さんさげき)を持っている
左手は、腰にあて、夜叉鬼を踏んで押さえつけている
豊臣秀吉が伏見城で祀っていた念持仏が寄進され、華光寺の守護神にされた
華光寺第22世 不側院 日神上人の縁起記には、
「ある夜、毘沙門さまが秀吉公の夢枕に立ち法華経信仰の道場を求められたため、
秀吉公自ら当山に立ち寄り毘沙門さまの像を寄進された」と記されている
平安時代後期の鞍馬寺の毘沙門天像と同木・同作といわれる
江戸時代以降、開運厄除け・開運・財運・勝負運の神さんとして信仰された
<十界曼荼羅>
本堂の本尊
<一塔両尊四士>
十界曼荼羅の世界を形像化したもの
釈迦如来像>
多方如来像
四菩薩像
<四天王像>
<日蓮聖人像>
<豊臣秀吉木像>
<日蓮聖人御真筆断簡>
<毘沙門天像開帳 祈祷会> 毎月1日
<新年初詣 祈祷会> 1月
<初寅 大毘沙門天 祈祷会> 1月
<節分星祭り 祈祷会> 2月
<春季彼岸会 施餓鬼法要>3月
<お盆 精霊迎え> 8月
<秋季彼岸会 施餓鬼法要> 9月
<御会式万燈会> 11月
<お火焚き祭> 12月
<除夜の鐘> 12月
<ムカデ紋>
提灯や幕やなどに描かれている
ムカデは、毘沙門天の使い
ムカデは後ろに下がることができず、前進しかできないことから「後退しない、勝負に勝つ」とされ、
足が多いことから「客足が絶えない、財を呼びこむ」とされ、勝利・財運の象徴とされている
<虎>
毘沙門天が、寅の年・寅の日・寅の刻に出現されたといわれ、寅も毘沙門天のお使いとされる
虎をあしらった授与品も多く用意されている