出水通は、上京区の七本松通から西へ、烏丸通まで約1.6kmの東西の短い通り
かつて北側に五番町遊郭があった七本松通から西の千本通までは、小さな寺院が密集しており、
「出水の七不思議」といわれる故事が残る
現存するのは5つといわれる
<浮かれ猫(光清寺)>
弁財天社に掲げられ、現在は、色あせて、木目が浮き上がり絵の輪郭も消えかけている絵馬
いまだにネコの目だけは輝き、「浮かれ猫」「真向猫(まむきねこ)」と称される
現在は、ガラスがはめ込まれている
三味線上達祈願の信仰がある
宝暦年間(1751年〜1764年)
伏見宮家の鎮守である玉照神社に掲げられていた
1757年(皇紀2417)宝暦7年
伏見宮が江戸に下られたとき、光清寺に移される
ある夜、弁財天社のあたりで、
三味線の音に合わせて歌声が流れてきて、そこで白い衣をまとった天女が舞っていた
通りかかりの者が驚くと、天女の姿がパッと消え、
そのあとに真っ赤な口をあけ、金色の目を光らせた一匹の猫がうずくまっていた
以来、夜が静まり人通りが絶える頃になると、三味線の音と歌声が聞こえてきた
そこで住職の松堂和尚が、加持祈祷を行い、ネコを封じて、絵巻に金網を被せてしまう
するとある夜、松堂和尚の夢枕に衣冠束帯姿の高士が立ち、
「私は大明神の従者だが、嬉しくなると踊りたくなるが、二度と騒がないので封を解いて下さい」と願い出てきた
それにより松堂和尚は、金網を取り除き、絵馬を元の弁財天にかけてあげたという
<日限薬師(ひぎりやくし)(地福寺)>
鷹司公の重病を治癒したといわれる本尊の薬師如来
穴の開いた小石を奉納し、21日間と日を限って参拝すると、耳が聞こえないのが治るといわれる
自然に穴が開いた石でないとご利益がないといわれる
境内の井戸水は、不老長寿のご利益があるといわれる
<五色椿(華光寺)>
五種類の花が咲く椿
現在は、枯死してしまっている
<時雨松(華光寺)>
豊臣秀吉の手植えの松
晴れの日でも枝から雫がたれるとわれる
現在は、枯死してしまい、枯れ株と二代目がある
<百叩きの門(観音寺)>
江戸時代初期 1623年(皇紀2283)元和9年
伏見城の牢獄門を移築したもの
扉は、高さ約2.5mの楠(くすのき)の一枚板
門の右端には、高さ80cm、横40cmの小さなくぐり戸があり、
軽微な罪人を門前で、百回たたきの罰を与えて釈放していたといわれる
風が吹くたびに、その潜り戸が開き、泣き叫ぶ人の声が聞こえたといわれる
ある日、住職が、百日の間食を断ち、鎮魂の念仏を唱えたことにより、人の声は聞こえなくなったといわれる
現在は、門は開け放たれているが、この潜り戸だけは鍵がかけられ二度と開かれないようになっている
<寝釈迦(五劫院)>
境内にある小袖門の木目が、お釈迦様が寝ている姿に見える
<二つ潜り戸(極楽寺)>
山門の潜り戸は、一般的には右側だけのものだが、両側に2つある珍しい山門
<金谷水(きんこくすい)(極楽寺)>
豊臣秀吉が、北野茶会でも用いたといわれる水
境内にある井戸の水を飲むと勝負事に勝つといわれ「勝井」と称される
<本堂(善福寺)>
山門のする脇に本堂が建てられている
<応挙の幽霊(玉蔵院)>
肺を患った旅籠の娘
現存はしない
<左近の桜(福勝寺)>
後西天皇から賜ったもの
現存しない