三會寺(さんえじ)は、北野天満宮の東方、五辻通を千本通から西に入ったところにある寺院
室町時代から江戸時代の創建といわれる
名前は、弥勒菩薩が未来に三度にわたって説法を行い多くの人々を救済するという教え「龍華三会(りゅうげさんえ)」にちなむといわれる
<享保の西陣大火焼死者供養塔(にしじんたいかしょうししゃくようとう)>
山門を入って参道に石碑が立つ
1730年(皇紀2390)享保15年6月20日午後2時頃
上立売通室町西入から起きた火災が、異常乾燥の強風で8カ所に広がり、
西陣の機業地帯を焼き尽くす大火になり「西陣焼け」と称された
町数134町のうち108町で約3800軒、機屋総数7千のうち43%を焼失する
「西陣は焼け野原となりにけり はたおり虫の声ばかりして」と詠まれた
石碑は、犠牲者の七回忌にあたり、供養のために建立された
建立年:1736年(皇紀2396)享保21年 春の彼岸
建立者:三會寺7世 勇猛院日盛上人
大きさ:高91cm × 幅18cm × 奥行17cm
碑文:
(東側)南無妙法蓮華経 法界
(南側)享保十五年庚戌年六月二十日当地大火 擬焼亡諸霊魂七回忌追善菩提者也