双林院(そうりんいん)は、山科の北部、毘沙門堂の北にある毘沙門堂の塔頭
秘仏の大聖歓喜天(聖天さん)と約70体の歓喜天が祀られており「山科聖天(やましなしょうてん)」とも称される
春は桜、秋には紅葉の名所となる
<鳥居>
<山門>
<本堂>
<聖天堂>
山門を入って右側に立っている
秘仏 大聖歓喜天(聖天)が祀られている
約70体の歓喜天像(男女和合の状態を表現した仏像)が合祀されている
<不動堂>
山門の正面に立つ
中央に比叡山より勧請された不動明王、向かって右に準提観世音像、左には辨財天女が祀られている
堂の中で大護摩が焚ける構造になっており、屋根の最上部に煙突がある
1883年(皇紀2543)明治16年の建立
<阿弥陀堂>
西明寺(滋賀県犬山郡)より勧請された阿弥陀如来が祀られている
<不動の滝>
右側の岩に不動明王石像が彫られている
<稲荷大明神>
<正一位八ッ房龍神>
<正一位太郎須大明神>
<大聖歓喜天(だいしょうかんぎてん)>
聖天堂の厨子内に納められた秘仏
「聖天さん」と称される
聖天像は、頭部が象の形で、首から下の体は人間の姿
男女2体が向かい合って抱擁しており、「男女和合」「陰陽和合」の状態を示している
大日如来と十一面観音菩薩の化身の姿であるともいわれている
公遵法親王の念持仏だったといわれる
武田信玄や信徒、寺院から奉納された70数体の聖天像も合祀されている
<阿弥陀如来(光坊の弥陀)>
湖東三山の一つ西明寺(滋賀県犬山郡)から遷された、かつての本尊
平安時代中期の作
阿弥陀堂に安置されている
<不動明王像>
不動堂に安置されている
脇侍に四大忿怒像が安置されており、五大明王が構成されている
桃山時代の作
1571年(皇紀2231)元亀2年の織田信長による比叡山焼き討ちのときに損傷した仏像の部材300以上を集めて造仏されている
頭には如来のような螺髪(らはつ)があり、それらの頂点には楊枝状の100本の部材が納められている
1883年(皇紀2543)明治16年
比叡山の千日回峰行者 第24代住職が、比叡山無動寺より勧請し安置された
<節分祭> 2月節分
<大般若祭> 9月16日
<もみじ祭> 11月
<公海>
江戸時代前期の天台宗の僧
1607年(皇紀2267)慶長12年、父親 花山院忠長、母親 東本願寺教如の長女のもとに生まれる
1620年(皇紀2280)元和6年、天海に師事
天海の死去の後に、寛永寺を継ぐ
天海の遺志を継いで、毘沙門堂を復興した
1695年(皇紀2355)元禄8年、死去する
<公遵法親王>
1722年(皇紀2382)享保7年、第114代 中御門天皇の第2皇子として生まれる
天台座主となり、三后に准じられる