狩野正信(かのうまさのぶ)(Masanobu Kano)

室町時代の絵師

生年:1434年(皇紀2094)永享6年(不詳)
没年:1530年(皇紀2190)享禄3年7月9日
享年:97(不詳)

号:性玄(せいげん)
別名:祐勢(ゆうせい)
通称:四郎次郎

位:大炊助(おおいのすけ)、越前守
法位:法橋

長男:狩野元信狩野派2代目)、次男:雅楽助

狩野派の祖

出身:伊豆、駿河、上総(不詳)

 狩野正信(かのうまさのぶ)は、室町時代の絵師

 室町幕府に御用絵師として仕え、狩野派の祖とされる

【狩野正信の歴史・経緯】

【狩野正信】

 <画風>
 職業絵師として多様な画題、画風をこなしていたといわれる
 大和絵(やまとえ)と漢画の両方を手がけている

 特に、中国風の漢画系の水墨画法によるものが多い

 画本となる中国画から下絵を描いて、発注者に見せて、その意見を取り入れて完成させている
 漢画様式を、武家社会の好みに適合させた

 法華宗(日蓮宗)の信者だったが、禅宗とも関係深い水墨画法も取り入れている


 <「周茂叔愛蓮図(しゅうもしゅくあいれんず)」>
 中国の故事を題材にしている
 画面上半分に余白を大きく取り、近景の柳の大木の緑が印象的で全てのモチーフが平明にわかりやすく描かれている
 他の作品とはやや異質な感がある

 <「文殊菩薩図」(群馬県立近代美術館)>
 仏画の代表作

 <「竹石白鶴図」六曲屏風1隻>
 大徳寺塔頭真珠庵

 <「瀟湘八景図」障子絵>
 東山殿(銀閣寺)常御所

 <十僧図>
 東求堂(銀閣寺)
 1485年(皇紀2145)文明17年

 <「涅槃図」>
 東求堂(銀閣寺)
 1487年(皇紀2147)文明19年

 <「崖下布袋図」>
 文化庁
 景徐周麟の賛がある

 <「日野富子像」>
 1496年(皇紀2156)明応5年に死去した日野富子の肖像画
 土佐光信の「嘉楽門院像」を参考にしたといわれる

 <「足利義尚像」>
 1489年(皇紀2149)延徳元年の足利義尚の肖像画
 金宝山地蔵院(名古屋市)の所蔵


【京都検定 第16回1級】

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