地図情報
大福寺(だいふくじ)は、京都市市街地、麩屋町通を二条通から上がったところにある寺院
聖徳太子が、自刻の薬師如来を祀り創建されたといわれる
菩提薬師(ほていやくし)と称され、京都十二薬師霊場第10番とされる
京都七福神の一つとされる布袋尊も祀られている
南北朝時代には、
現在の北は夷川通、南は二条通、西は富小路通、東は麹屋町通で囲まれた境内に
七堂伽藍が建ち並んでいたといわれる
(最盛期には八丁四方の境内といわれるが、実際には1町(左京二条四坊十二町)の約120m四方)
<本堂>
麩屋町通に面している
<庫裏>
<朱印所>
本堂左横にある
<薬師如来>
本堂に祀られている本尊
「菩提薬師(ほていやくし)」「布袋薬師(ほていやくし)」とも称される
厩戸王(聖徳太子)の自刻といわれる
京都十二薬師霊場第10番
<安産腹帯地蔵尊>
本尊の左に祀られている地蔵菩薩
恵心僧都の作といわれる
安産のご利益があるといわれている
<布袋尊>
京都七福神第7番とされた
像高約50cm
杖を肩にしている
<元三大師像>
<元三会> 1月3日(元三大師の命日)
<御本尊菩提薬師如来御開帳> 1月17日
<節分会> 2月節分
<地蔵盆会> 8月 安産腹帯地蔵尊
<大福帳の発祥>
江戸時代
商売の出納帳に大福寺の「大福」の宝印を受けると商売繁盛になるといわれ、
正月にご朱印を受けると良いという風習があった
「大福帳」の名前の由来とされる発祥の地
<布袋屋町>
大福寺がある町名
細工人の屋号「ほてい屋」があったことに由来するともいわれる
大福寺にあった薬師堂の菩提薬師(ほていやくし)を誤って「布袋薬師(ほていやくし)」に言い慣わされて
布袋屋町と名付けられたともいわれる
<梅田雲浜旧跡>
幕末維新
尊攘派志士 梅田雲浜が、大福寺に仮寓し、近くの望南軒に通っていたといわれる
尊皇攘夷を唱える指導者的立場として活躍するが、安政の大獄で逮捕され獄死する
明治時代になっても、後妻 千代は大福寺に住み、女紅場の講師として通ったといわれる