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恵心僧都(えしんそうず)(源信)(げんしん)

平安時代中期の天台宗の僧

生年:942年(皇紀1602)天慶5年
没年:1017年(皇紀1677)寛仁元年6月10日
享年:76

生地:大和国
幼名:千菊丸
尊称:恵心僧都 源信

宗旨:天台宗
宗派:円仁派(山門派)

廟:延暦寺横川兜率谷・恵心廟

 恵心僧都(えしんそうず)(源信)(げんしん)は、平安時代中期の天台宗の僧

 9歳で比叡山に入山し、慈恵大師 良源を師と仰いで、13歳で出家して僧となる
 比叡山横川の恵心院に住したことから「恵心僧都」と称される

 日本の浄土教の祖と称され、法然上人親鸞聖人に大きな影響を与えた
 浄土真宗では、七高僧の第六祖とされ、源信和尚や源信大師と尊称される

 紫式部の「源氏物語」や、芥川龍之介の「地獄変」に登場する横川の僧都は、源信をモデルにしているといわれる

【恵心僧都 源信の歴史・経緯】

【恵心僧都 源信の著作】

 <「往生要集」3巻>
 44歳のときの著書
 鎌倉時代の浄土教の発生の礎となり、浄土思想が盛んになるなど、平安時代の浄土信仰や芸術に影響を与えた
 中国の天台山からも評価され「日本小釈迦源信如来」と称号を送られるた
 浄土宗の開祖 法然上人は、源信の主著「往生要集」によって唐の僧善導の浄土思想を学んだといわれる


 <「因明論疏四相違略注釈」3巻>
 <「一乗要決」3巻>
 <「阿弥陀経略記」>
 <「二十五昧式」>
 <「念仏法語(横川法語)」>
 <「六道十界ノ図」>
 <「弥陀来迎ノ図」>
 など

【恵心僧都 源信ゆかりの地】

 <阿日寺(奈良県香芝市)>
 誕生の地といわれる


 <延暦寺 恵心院>
 源信は、恵心院の小堂に籠って「往生要集」「二十五昧式」「六道十界ノ図」「弥陀来迎ノ図」などを著したといわれる
 それにより、源信は、「恵心僧都」と称されるようになった
 本来の恵心院の旧跡地は、現在の秘宝館の付近といわれている
 6月10日の源信の命日には、二十五三昧式の講式が唱えられ、報恩法要が営まれる

 <三千院
 往生極楽院
 985年(皇紀1645)寛和元年
 源信が、父母のために、姉 安養尼とともに大原に極楽院を建立し、安養尼に阿弥陀三尊を給仕させたといわれる

 <佛光寺
 親鸞聖人が、浄土の教えを伝える印度・中国・日本の尊き僧侶たちを七人選び敬った七高僧の像が祀られている
 源信和尚と称され第六祖とされる

 <即成院
 992年(皇紀1652)正暦3年
 源信が、伏見に建立した「光明院」が前身となっている

 <安養寺
 源信による開基

 <老ノ坂峠子安地蔵
 源信により開山される

【恵心僧都 源信の遺作】

 多くの寺院などで、源信が製作したといわれる仏像が祀られている

 <粟生光明寺
 木造 十一面千手観音菩薩(重要文化財)
 西山の浄土谷の奥深くの田んぼの中から発見されたといわれる
 現在は、京都国立博物館に寄託されている

 阿弥陀堂の阿弥陀如来像
 蓮生法師が弟子入りするときに背負って持ってきた、江州堅田(現在の滋賀県)の浮御堂千本仏の中尊仏だったもの

 <西園寺
 本堂の本尊の阿弥陀如来坐像(重要文化財)
 西園寺公経の北山殿にあった像といわれる

 <月輪寺
 本堂の本尊の阿弥陀如来坐像(重要文化財)


 <金戒光明寺
 阿弥陀堂の本尊の阿弥陀如来
 阿弥陀如来の腹中に、一代彫刻の使用器具が納められており、「おとめの如来」「ノミおさめ如来」と称される
 源信の最終の作といわれる

 <竹林寺
 源信が、霊夢によってこの地をたずねてきたときに、一刀三礼を尽くして地蔵菩薩を刻み安置されたといわれる

 <西光寺
 地蔵堂に祀られている氷上地蔵尊

 <安楽寺
 本尊 阿弥陀如来坐像

 <知恩院
 集会堂(しゅえどう)の本尊の阿弥陀如来

 <長圓寺
 観音堂の聖観音菩薩
 972年(皇紀1632)天禄3年
 疱瘡が流行したとき、大納言 藤原親衡が、源信に作らせたもの
 宮中で、21日間祈願法要したところ、疱瘡の流行が治まったといわれる

 <長香寺
 本尊の阿弥陀如来像

 <大悲閣
 本尊の千手観世音菩薩像
 角倉了以の念持仏だったもの

 <檀王法林寺
 本尊の阿弥陀如来立像

 <法然院
 本尊の阿弥陀如来坐像

 <十念寺
 本尊の丈六 阿弥陀如来坐像
 空海の作とも、「雍州府志」では源信の作とされている

 <清水寺
 阿弥陀堂の丈六の本尊 阿弥陀如来坐像

 <那須野与市堂
 本尊の黒焦げの阿弥陀如来像
 960年(皇紀1620)天徳4年頃の作といわれる
 延命長寿、老病平癒、屎尿のご利益があるといわれる

 <廬山寺
 本尊として祀られている阿弥陀如来・右脇侍勢至菩薩・左脇侍観音菩薩の阿弥陀三尊

 <清浄華院
 大方丈の本尊 阿弥陀三尊像の中尊 阿弥陀如来坐像

 <称念寺
 本尊の内仏来迎仏阿弥陀如来像

 <養源寺
 本堂の本尊の釈迦如来像

 <阿弥陀寺
 「千代原観音」の胎内に、源信の作の千手観音菩薩立像のものといわれる化仏頭部や手の一部が納められている


 <祇園祭
 南観音山の御神体として祀られている楊柳観音菩薩(ようりゅうかんのんぼさつ)
 宵山の深夜にあばれ観音が行われる

【その他】

 <母親の諫言の和歌>
 「後の世を 渡す橋とぞ思ひしに 世渡る僧となるぞ悲しき まことの求道者となり給へ」

 15歳のとき「称讃浄土経」を講じ、村上天皇により法華八講の講師の一人に選ばれて、頂いた褒美の織物などを、
故郷で暮らす母親に送ったが、母親は源信を諌める和歌を添えて、そられの品物を送り返してきた
 源信は、その諫めに従い、名声や利得などを得ることをやめ、横川の恵心院に隠棲し、念仏三昧の求道の道にすすんだといわれる

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