鳳林承章(ほうりんじょうしょう)(Jyousyou Hourin)

桃山時代から江戸時代初期にかけての臨済宗の禅僧

生年:1593年(皇紀2253)文禄2年1月22日
没年:1668年(皇紀2328)寛文8年8月24日

父親:准大臣 勧修寺晴豊
母親:刑部卿兼陰陽頭 土御門有脩の娘

 鳳林承章(ほうりんじょうしょう)は、桃山時代から江戸時代初期にかけての臨済宗の禅僧

 従兄弟の後水尾天皇の出家のときに「唄師」を務め、その後も上皇との親交を深め、
五山僧・公家・茶人・歌人・陶工・能・医師などさまざまな人々が集まった宮廷サロンの一員として、
寛永文化の中で活躍した

 茶人としても千宗旦小堀遠州・金森宗和らと親しくしていた

【鳳林承章の歴史・経緯】


【その他】

 <隔冥記(かくめいき)
 鳳林承章の自筆日記
 1635年(皇紀2295)寛永12年より34年間にわたる日記
 寛永文化の文化人との交流や茶会の記録などが記されている
 この時期の政治・経済・文化の動向を知るみる貴重な資料
 1635年(皇紀2295)寛永12年から1668年(皇紀2328)寛文8年までのものが現存している

 後水尾天皇が造営した修学院離宮を訪れたときの様子が、
「御庭の滝風景凡そ眼を驚かせ、肝胆に徹するものなり」と記されている

 <茶室 夕佳亭
 鳳林承章によって鹿苑寺(金閣寺)の修復が行われ、後水尾天皇行幸されることになり、
鳳林承章が茶人 金森宗和(かなもりそうわ)に創らせた茶室

 <後水尾天皇宸筆>
 後水尾天皇が、鳳林承章の希望によって詠まれた
 鹿苑寺(金閣寺)の所蔵
 「とはゝやなきぬ笹岡のあきの色を 来て見よとこそ鹿もなくらめ」

LINEで送る

【京都検定 第6回2級】

【京都検定 第14回1級】


[インデックス]


京都通メンバページ


フェイスブックでシェア LINEで送る

[目次]


[関連項目]


[協賛リンク]



[凡例]

赤字
 京都検定の出題事項
 (過去問は下段に掲載)

ピンク
 京都検定に出題された
項目へのリンク

青色紫色
 関連項目へのリンク