千宗旦(せんのそうたん)
(Senno Soutan) 京都通メンバ
生年:1578年(皇紀2238)天正6年
没年:1658年(皇紀2318)万治元年12月13日

父親:千少庵(千利休の後妻 千宗恩の連れ子)
母親:お亀(千利休の娘)

千家三代
宗旦流(三千家)中興の祖

斎号:咄々斎
俗称:乞食宗旦

 千宗旦(せんのそうたん)は、千家三代目で、宗旦流(三千家)の祖とされる茶人

 祖父の千利休が豊臣秀吉により自刃に追い込まれたことから政治との関わりを避け、生涯仕官しなかったが、
息子たちには仕官を勧め、三千家(武者小路千家・表千家・裏千家)を興させた

 千宗旦は、千利休のわび茶をさらに徹底させ清貧であったといわれ「乞食宗旦」と称された

【千宗旦の歴史・経緯】

【宗旦流(三千家)の祖】

 千宗旦は、政治との関わりを避け生涯仕官しなかったが、子供たちの仕官には熱心だったといわれる

 <長男 千宗拙>
 加賀藩前田家に仕えさせる
 後に勘当される

 <次男 一翁宗守(いちおうそうしゅ)>
 讃岐高松 松平家に仕えさせる
 武者小路千家を興させる
 邸内茶室:官休庵

 <三男 江岑宗左>
 紀州 徳川家に仕えさせる
 表千家を興させる
 邸内茶室:不審菴

 <四男 仙叟宗室>
 加賀藩 前田家に仕えさせる
 裏千家を興させる
 邸内茶室:今日庵

【宗旦四天王】

 千宗旦の門弟の中で、特に活躍した4人

 藤村庸軒
 杉木普斎
 山田宗偏
 久須美疎安

【その他】

 <草庵茶室>
 晩年に建てた一畳台目(約二畳の広さ)の茶室は、侘び茶の精神を表した究極の茶室とされる
 裏千家の今日庵

 <茶室 頤神室(いしんしつ)(慈照院)>
 昕叔顕啅と親交があった千宗旦が、智仁親王のために創建した茶室
 「宗旦好みの席」
 四畳半下座床、躙口(にじりぐち)はなく、南側に障子二枚引の貴人口が設けられている
 席内に持仏堂があり、布袋尊が安置されている
 床に、千宗旦に化けたといわれる「宗旦狐」の掛軸がある

 茶室開きが行われたとき、千宗旦に化けた宗旦狐が見事なお点前を披露していた
 そこに、本物の千宗旦が遅れてやってきて、感嘆したといわれる
 宗旦狐は、慌てて、茶室の窓を突き破って逃げ出していったため、
頤神室の窓は、普通の茶室の窓より大きくなってしまったといわれる

 <千家十職(せんけじゅっしょく)>
 千宗旦が、自分好みの茶道具を作らせるために職人を指導したことで生まれた茶道に関わりの深い10の職業

 <宗旦狐(そうたんぎつね)>
 相国寺において、千宗旦に化けてお点前を披露した古狐

 <宗旦稲荷社>
 相国寺の境内にある宗旦狐を祀った祠

 <宗旦忌>
 毎年11月19日に、大徳寺やゆかりの地で営まれる


【京都検定 第1回3級】

87.お茶の宗匠に化けてお手前を披露したといわれる、相国寺境内に住んでいた狐を何と称するか?
  (解答:宗旦狐)

解答:表示/非表示

【京都検定 第2回3級】

【京都検定 第4回3級】

【京都検定 第5回3級】

【京都検定 第12回3級】

【京都検定 第14回3級】

【京都検定 第17回3級】

【京都検定 第18回3級】

【京都検定 第19回3級】

【京都検定 第23回3級】

【京都検定 第24回3級】

【京都検定 第3回2級】

【京都検定 第4回2級】

【京都検定 第8回2級】

【京都検定 第11回2級】

【京都検定 第12回2級】

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【京都検定 第4回1級】

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【京都検定 第21回1級】

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