白山比咩神(シラヤマヒメノカミ)(ShirayamaHimenoKami)

全国の白山神社に祀られる山岳信仰の国津神

古事記:登場しない
日本書紀">日本書紀:登場しない

別称:白山比売神(シラヤマヒメノカミ)、白山神(ハクサンノカミ)
   菊理姫神、菊理比咩神、菊理比売神(ククリヒメノカミ)

性別:女神

ご神徳:縁結び、和合、五穀豊穣、山の神、海の神

 白山比咩神(シラヤマヒメノカミ)は、全国の白山神社に祀られる山岳信仰の国津神

 菊理媛神(菊理媛命)(ククリヒメノミコト)と同一神とされる

【白山比咩神】

 白山は、石川県と岐阜県にまたがる日本三名山(日本三霊山)の一つとされる

 古代より、白山そのものを御神体とする原始的な山岳信仰があったとされる


 <白山比咩神>
 白山神社の総本社である白山比咩神社(石川県白山市)の主祭神

 祭神を伊奘諾尊伊弉冉尊とされていた時期もある

 現在の白山比咩神社は、菊理媛神(白山比咩神)を主祭神とし、伊奘諾尊伊弉冉尊も共に祀られている


 <白山権現(はくさんごんげん)>
 白山の山岳信仰と修験道が融合した神仏習合の神さん
 本地仏(真の姿)は、十一面観音菩薩とされた

 白山を開山した修験道の僧 泰澄(たいちょう)によって十一面観音菩薩が祀られたことに始まる

 別称:白山大権現(はくさんだいごんげん)、白山妙理権現(はくさんみょうりごんげん)
    白山妙理菩薩(はくさんみょうりぼさつ)、白山明神(はくさんみょうじん)
    妙理大菩薩(みょうりだいぼさつ)


 <白山三所権現>
 修験道の僧 泰澄の前に現れたといわれる三神の総称
  白山妙理権現
  大行事権現(菊理媛神)
  大汝権現(大己貴命

 <故事>
 「加賀白山伝記之事」「泰澄和尚伝記」「白山之記」などによると
 奈良時代
 716年(皇紀1376)霊亀2年
 越前の修験道の僧 泰澄(たいちょう)は、白山の麓の舟岡山にある妙法の窟(みょうほうのいわや)に籠って修行し、
 手取川の安久濤の淵(あくどのふち)で一心に祈っていると、白馬に乗った白山比咩大神が現れて
「私の本地真身(真の姿)を拝みたければ、本地のある白山の山頂まで訪ねて来るが良い」と告げた
 717年(皇紀1377)養老元年
 泰澄は、川を渡って岩を登り、草木をかき分けて、今まで誰もが行ったことのなかった白山の頂上に到達し、
頂上の転法輪窟(てんぽうりんのいわや)で、21日間の祈念加持を行った
 すると、翠ヶ池(みどりがいけ)の畔から、9つの頭を持った龍が現れた
 泰澄は「このような恐ろしい姿が白山の女神の真の姿ではないでしょう、どうか真の姿をお見せください」と念じた
 すると、九頭の竜は十一面観音菩薩に姿を変え、拝むことができた
 泰澄は、その十一面観音菩薩の姿を木像として刻み、白山の頂上に祀ったといわれる

【菊理媛神】

 菊理媛神(ククリヒメノカミ)は、「古事記」や「日本書紀">日本書紀」本文には登場しない

 「日本書紀">日本書紀」一書(第十)に一度だけ登場するが、出身などは記されていない

 白山比咩神と同一とされるようになった経緯は不明である

 <「日本書紀">日本書紀」一書(第十)>
 及其与妹相闘於泉平坂也、伊奘諾尊曰、始為族悲、及思哀者、是吾之怯矣。
 時泉守道者白云、有言矣。曰、吾与汝已生国矣。奈何更求生乎。吾則当留此国、不可共去。
 是時、菊理媛神亦有白事。
 伊奘諾尊聞而善之。乃散去矣。
 (直訳)
 伊奘諾尊が、妻(伊弉冉尊)と泉平坂(よもつひらさか)で相争ったとき、
 伊奘諾尊は「私が始め悲しみ慕ったのは、私が弱かったからだ」と言った
 このとき、泉守道者(よもつちもりびと)は、
  「伊弉冉尊から「私はあなたと、すでに国を生みました。如何に更に生むことを求めるのでしょうか
  私はこの国に留まりますので一緒には帰れません」とおっしゃっておられます」と話した
 このとき、菊理媛神が、話されたことがあった
 それを聞いた伊奘諾尊は、喜ばれて、その場を去られた
 (意訳)
 伊奘諾尊が、神産みで死んでしまった妻の伊弉冉尊を、黄泉の国に連れ帰しに行ったが、
伊弉冉尊の変わり果てた姿を見て逃げ帰ろうとして、泉平坂(黄泉比良坂)で追いつかれる
 そこに、泉守道者が現れて、伊弉冉尊の言葉を伝えて「一緒に帰ることはできない」と話した
 続いて、菊理媛神が現れて話をすると、伊奘諾尊は、喜ばれて帰って行く

 菊理媛神がどんな神さんなのかは記されておらず、何を話したかも記されていない

 菊理媛神は、伊奘諾尊伊弉冉尊を仲直りさせたとして、縁結びの神とされている

 菊理媛の「ククリ」は「括り」の意味があり、伊奘諾尊伊弉冉尊の仲を取り持ったことが名前の由来ともいわれる


 <別称>
 菊理媛尊、菊理比咩神、菊理比売神


 <白山の祭神>
 平安時代末期
 大江匡房が「扶桑明月集」に、白山の祭神として菊理媛神を記載されたのが最初といわれる

 1469年(皇紀2129)文明元年
 吉田兼倶が編集したとされる「二十二社註式」において、
「扶桑明月集」によると「客人宮第五十代桓武天皇即位延暦元年、天降八王子麓白山。菊理比咩神也。」と記されている

 「大日本一宮記」には、菊理媛が白山比咩神社の上社祭神として記されている

 その後、江戸時代の書物において白山比咩神と菊理媛が同一神と明記されるようになったとされる


 <菊理媛神のご利益>
 縁結び、和合、五穀豊穣、山の神、海の神

【白山比咩神ゆかりの地】

 全国各地の白山神社などに祀られている

 <白山比咩神社(石川県白山市)>
 白山神社の総本社
 菊理媛神(白山比咩神)を主祭神とし、伊奘諾尊伊弉冉尊も共に祀られている


 菊理媛神(白山比咩神)が祀られている神社
 <白山神社
 <新日吉神宮
 <八坂神社の白山社>
 <宗忠神社の白山社>
 <幡枝八幡宮の白山社>
 <剣神社

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