西四条斎宮 西院野々宮神社
(さいいん ののみやじんじゃ)
(Saiin NonomiyaJinjya) 京都通メンバ
所在地:京都市右京区西院日照町 
   鳥居地図情報鳥居

祭神:倭姫命(やまとひめのみこと)(垂仁天皇第4皇女)・
  布勢内親王(ふせないしんのう)(桓武天皇第5皇女)

西院春日神社御旅所

別記:西院野宮神社
別称:西四条斎宮

ご利益:心願成就、女人守護

 西四条斎宮 西院野々宮神社(さいいん ののみやじんじゃ)は、西小路四条の南西、
木辻通を四条通から下ったところにある神社

 西院春日神社御旅所

 平安時代伊勢神宮斎王にト定(ぼくじょう)された(選ばれた)皇女・王女が神宮へ赴かれるまでの間、
心身を清められるための潔斎所である「野宮(ののみや)」とされた聖地
 現存する4ヶ所の野宮跡の中で、最も当時の風情をとどめているといわれる

【西院野々宮神社の歴史・経緯】

【西院野々宮神社の祭神】

 2柱が祀られている

 <倭姫命(やまとひめのみこと)>
 第11代 垂仁天皇の第4皇女といわれる
 弥生時代
 BC4年(皇紀657)垂仁天皇26年頃
 第10代 崇神天皇の皇女 豊鍬入姫命の跡を継ぎ、天照大御神の御杖代として、
大和国から伊賀・近江・美濃・尾張の諸国を経て伊勢の国に入り、
神託により伊勢の地に皇大神宮(神宮内宮)を創建したとされる
 倭姫命が、初代伊勢斎王とされる


 <布勢内親王(ふせないしんのう)>
 第50代 桓武天皇の第5皇女
 797年(皇紀1457)延暦16年
 第24代 伊勢斎王となり、平安時代に初めて伊勢へ下った斎王となる
 806年(皇紀1466)延暦25年3月17日
 父親 桓武天皇の崩御により退下し、その後、北野に住んだといわれる


【西院野々宮神社の境内】

 <鳥居>
 神明造

 <拝所>
 瑞垣の手前にある

 <本殿>
 瑞垣内にある
 神明造

 <手水舎>

 <野宮の森>
 境内は巨樹に囲まれている
 鎮守の森が広がっていたといわれる



【西院野々宮神社の祭事】

 <例祭>
 4月1日

 <西院春日神社 春日祭>
 10月第2日曜日
 神輿2基が御渡し、神輿渡御祭が行われる

【その他】

 <西院春日神社御旅所
 江戸時代西院春日神社御旅所となる
 西院野々宮神社は、西院春日神社から南西約1kmに位置し、
西院春日神社の春日祭のときには、神輿2基が御渡してくる
 西院春日神社の宮司が 西院野々宮神社の宮司を代々兼任されている


 <野宮(ののみや)>
 平安時代から鎌倉時代
 伊勢神宮斎王にト定(ぼくじょう)された(選ばれた)皇女・王女が神宮へ赴かれるまでの間、
心身を清められるための潔斎所・社(やしろ)を称する
 野宮は、一代ごとに取り壊しにされていた
 洛西にあったとされ、野宮神社、西院野々宮神社、斎宮神社斎明神社などが、野宮の旧跡地とされる
 西院野々宮神社は、現存する4ヶ所の野宮跡の中で、最も当時の風情をとどめているといわれる

【西院野々宮神社へのアクセス】

 市バス 四条中学前 徒歩数分
 嵐電 嵐山本線 山ノ内駅 徒歩約8分
 阪急電車 京都本線 西院駅 徒歩約10分
 嵐電 嵐山本線 西院駅 徒歩約13分

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