西院春日神社(さいいんかすがじんじゃ)
(SaninnKasugaJinjya) 京都通メンバ
所在地:京都市右京区西院春日町 
   鳥居地図情報鳥居

祭神:春日四座大神
  第一殿 建御賀豆智命、第二殿 伊波比主命(いわひぬしのみこと)
  第三殿 天児屋命、第四殿 比売神(ひめがみ)

社格:村社

創建:833年(皇紀1493)天長10年2月28日

創始:淳和上皇

京都十六社朱印めぐりの一つ
西大路七福社めぐりの一つ

通称:西院春日神社(かすがじんじゃ)

ご利益:病気平癒、厄除、交通旅行安全

 西院春日神社(さいいんかすがじんじゃ)は、西院駅の北西、春日通(佐井通)に東面してある神社

 淳和天皇が譲位され、離宮 西院(淳和院)に移られたときに、春日四座大神を勧請し守護神とされたのが由来

 病気平癒、厄除、交通旅行安全の信仰を集める

西院春日神社の写真集

【西院春日神社の歴史・経緯】



【西院春日神社の境内】

 <本殿>
 朱色の瑞垣の中に囲まれてある
 一間社、春日造の社殿4棟が南面並列して建っている  祭神:春日四座大神

 <高松宮 有栖川宮 奉偲之梅>
 本殿の左前に育成されている

 <春日若宮社>
 本殿の右側にある末社
 祭神:天押雲根命(あめのおしくもねのみこと)
 西院春日神社の祭神 天児屋根命の子神
 子供の擁護・子供の病気平癒・幼児能力開発のご利益があるとされる

 <拝殿>
 境内の中央部にある

 <能舞台>
 拝殿の西側にある

 <還来神社(もどろきじんじゃ)
 境内の西部、能舞台の北側にある
 祭神:還来大神
 覆屋の中に本殿がある
 神木 梛の木(なぎのき)が生育している
 旅行安全・還来成就の守り神
 平安時代初期
 874年(皇紀1534)貞観16年4月19日
 淳和院が火災となり、皇后 正子内親王らは難を逃れて院内の松院(四条通より南側)に避難された
 その後、類焼を免れた洞裏院に無事に還御されたとき、
 「洞裏院が類焼を免れて無事還り来るは是れまったく神の加護である」といわれ祀られる
 「還来の大神さん」と称された
 健康や失った大切なものなどが戻るといわれる
 戦時中には、出征兵士の無事帰還を願う家族が多数訪れたといわれる
 ご祈願や御礼のときには「わらじ奉納」が行われる

 <稲荷社・弁財天社>
 境内の西部、神輿庫の北側にある
 (稲荷社)
 祭神:稲荷大明神
 社殿内に、生きているかのような白狐が祀られているといわれる
 金運と商売繁盛の神さん
 (弁財天社)
 祭神:市杵島姫命・田心姫命(たこりひめのみこと)・湍津姫命(たぎつひめのみこと)
 技芸上達、音楽、紹運の神々
 かつて太秦に祀られていたものが現在の地に遷された

 <西院宮>
 本殿瑞垣の西側にある
 祭神:清和天皇
 淳和天皇の没後に大原の御陵より清和天皇の御霊を遷し、西院の守護神とされた
 家内安全のご利益がある
 祭日:5月8日

 <住吉社>
 西院宮の北側に隣接している
 祭神:底筒男命(そこつつのおのみこと)・中筒男命(なかつつのおのみこと)・
表筒男命(うわつつのおのみこと)・大帯姫命(おおたらしひめのみこと)
 農作豊穣の神々
 平安時代前期
 正子内親王の松院(寺ノ内町)に祀られていた
 祭日:7月28日

 <四社>  境内の北西部にある
 金刀比羅宮:大物主神崇徳天皇を祀る:招福除災のご利益がある
 大元宮:天之御中主神を祀る:心願成就のご利益がある
 天満宮:菅原道真を祀る:学業向上のご利益がある
 猿田彦社:猿田彦大神、天鈿女命(アメノウズメノミコト):道中安全、盗難除けのご利益がある

 <霊石 疱瘡石
 淳和天皇 皇女 崇子内親王が、当時は不治の病とされる疱瘡(ほうそう)にかかり、
西院春日神社でご祈願をされると、神前の石が崇子内親王の身代りとして疱瘡になり、
崇子内親王の疱瘡が完治されたという故事がある

 それ以来、病気平癒・災難厄除・無病息災の守護神として崇められている
 都に疫病が流行ると、この石の表面が必ずぬれるといわれる

 仁明天皇・後桃園天皇・都禰宮(つねのみや)(光格天皇皇女)・仁孝天皇・
敏宮(ときのみや)(仁孝天皇第3皇女)・和宮親子内親王孝明天皇皇妹)・
孝明天皇などが疱瘡石に御祈願されている

 明治維新
 明治新政府の神仏分離の悪政により、疱瘡石が本殿の奥深くに納められてしまう
 その後、宮司により掘り出され、文書に記された大きさ・形などから疱瘡石と確認される
 現在では、祈祷殿に奉安され、毎月1日・11日・15日のみ拝観できる


 <梛石(なぎいし)>
 還来神社前の神石
 「撫石さん(なでいしさん)」とも称される
 撫でて病気回復・厄除・交通旅行安全が祈願される

 <神木 梛の木(なぎのき)>
 還来神社の御神木
 梛の葉は、身につけると「災難除け」のお守りになり、
 鏡の下に敷くと「夫婦和合」のお守りになるというご利益がある
 梛(なぎ)は「凪」に通じ、海上の風波の鎮まることに通じるといわれる

 <仁孝天皇 御胞衣塚(おえなづか)>
 還来神社の手前(東側)にある
 江戸時代後期
 1800年(皇紀2460)寛政12年2月21日
 光格天皇第6皇子 仁孝天皇の御降誕のときに、健やかな成育を祈願して、
吉の方角にあたる西院春日神社に、御胞衣(おえな)が埋蔵される
 御胞衣とは、「後産」ともいわれるお産の後に出てくる胎盤をいう
 宮中では、御胞衣を吉方にあたる場所に埋蔵し、その子の健やかなご成育を祈願する慣行があった

 仁孝天皇は、学問に優れ、父親 光格天皇の発意による公家子弟の教育機関である学習所の創設に着手する
 完成する前に崩御され、泉涌寺 後月輪陵に葬られた

 <一願蛙>
 手水舎の隣にある蛙の石像
 大きな蛙の背中に2匹の小さな蛙が乗っている
 3匹のカエル「三かえる」から「身にかえる」や「見返る」と称され、水をかけて祈願すると自分の身に返ってくるといわれる

 <藤棚>
 境内の西にある白い山藤
 御所の飛香舎(ひぎょうしゃ)(藤壺)から賜った「御賜之藤」
 藤の房が90cmほどあり「名藤 六尺藤」とも称される
 藤色や朱色のものもある

 <八重桜>
 境内東の鳥居の近くにある

 <淳和院礎石>
 境内の南部にある
 離宮 淳和院は、西院春日神社から東にかけて南北516m、東西252mの敷地があったといわれる
 四条大路(四条通)の北側、道祖大路(佐井通)の東側にあった
 淳和上皇の崩御の後、皇后 正子内親王が御所とされ、その後、淳和院と称される尼僧道場となる

 <戦没者招魂碑>
 日清戦争以降の戦争における西院地区の戦没者が祀られる
 1901年(皇紀2561)明治34年に嵐電西院駅付近に建てられたもの
 1928年(皇紀2588)昭和3年に境内へ移設され、その後に碑の石が改築された


【西院春日神社の祭事】

 <霊石 疱瘡石 公開>
 毎月1日 朔日月次祭(ついたちつきなみさい)・11日 月次例祭(つきなみれいさい)・
15日 望月月次祭(もちづきつきなみさい)の3カ日のみ
 朝9時半から16時半
 病気平癒霊石「疱瘡石」が、本殿中門に安置され拝観できる


 <歳旦祭>
 1月元旦午前8時
 本殿が新年の朝日を受けて朱の色も鮮やかに映える時刻に、日本の繁栄と皇室の安泰、国民の幸福、西院壬生の氏子の平安が祈願される

 <若菜祭>
 1月7日
 神前に若菜をお供えして、健康・無病息災が祈願される
 参拝者に七草粥が振る舞われる
 平安時代の貴族が、新年から続く様々な儀式・新年祝宴で疲れた体調を整えるために、野山にはえる若菜をお粥に入れて食べる習慣があった

 <藤花祭(とうかさい)(幣帛供進使・斎女参向)>
 4月29日
 春季大祭として重要な祭事

 <夏越大祓
 6月30日午後6時
 元旦から半年間、日常生活で無意識のうちの罪穢れを祓い清める祭事
 平安時代から続く祭事
 天皇陛下も皇居宮殿「竹の間」において大祓にともなう儀式が行われ、
 その後、神嘉殿(しんかでん)前において皇族方がご参列をされて、国民のための大祓の儀式が行われる

 茅の輪くぐり
 直径2mほどの茅を輪にした大茅ノ輪(おおちのわ)を宮司を先達に参列者もくぐる


 <春日祭
 10月第2土曜・日曜日
 無病息災、五穀豊穣を感謝する祭事
 淳和天皇が奈良の春日大社から御神霊を迎え創建されてからの祭事
 江戸時代初期に製作された2基の神輿と5基の剣鉾、総勢約1000名が練り歩く

 神輿 東組神輿 千木(ちぎ)
 江戸時代初期の創作
 絢爛豪華な重量約2トン

 神輿 西組神輿 卯ノ鳥(うのとり)
 江戸時代初期の創作
 絢爛豪華な重量約1.6トン

 「西院春日神社の剣鉾差し(京都市の無形民俗文化財)」
 剣鉾5基が鉾仲間で護持されている
 鷹羽意匠の壱番鉾(寺之内町)、矢・剣の弐番鉾(立倉町)、扇の参番鉾(車之路町)、紅葉の四番鉾(新在家町)、下がり松の五番鉾(今在家町)
 各仲間は、1年毎の輪番で当屋(とうや)を務める
 春日祭では、東山系の鉾差しを招いて供応される
 剣鉾は、祇園祭の鉾の原型といわれる
 1990年(皇紀2650)平成2年
 「西院春日神社の剣鉾差し」が京都市無形民俗文化財に指定された

 神輿発御
 日曜日午後1時、神輿が出発し、約5時間ほどの巡幸が行われる
 御旅所 西院野々宮神社や氏子区域をめぐる

 巴廻り
 西大路四条交差点が通行閉鎖され、剣鉾・神輿が交差点内を廻る
 長さ約8mの剣鉾を垂直に立て、腰を落として上下させ鈴(りん)を2度鳴らす独特の鉾差が行われる
 東組神輿 千木・西組神輿 卯ノ鳥の差し上げが行われる

 八乙女神楽奉納
 巡幸から本社に戻り、4人の八乙女が2基のお神輿に対して舞を奉納する

 西院の拝殿回り
 お神輿は、巡行を終えて還御される直前に拝殿を3度回る

 剣鉾拝殿回り
 長さ約7~8mの鉾を垂直に立て、腰を落として上下することにより鈴(りん)を2度鳴らす
 拝殿回りのときには、吹散が付けられる


【西院春日神社の文化財】

 <剣鉾 壱番鉾>
 鷹羽の意匠
 1911年の茎銘がある
 身150cm、茎37cm、全長187cm

 <剣鉾 三番鉾>
 扇の意匠
 1751年の茎銘がある
 身111.8cm、茎13.8cm、全長132.6cm

 <唐草文様の出土瓦>
 平安時代のもの

【その他】

 <御旅所
 西院野々宮神社
 西院春日神社の南西約1kmにある
 春日祭のときには、神輿2基が御渡する
 西院春日神社の宮司が、西院野々宮神社の宮司を代々兼任されている


 <淳和院離宮>
 淳和天皇が仁明天皇に譲位した後に住まわれた離宮
 当時の遺構が発掘されており、規模の大きな離宮であったことが判明している
 「西院」とも称され、この付近の地名の由来となった

 <淳和院礎石>
 境内の南部にある
 離宮 淳和院は、西院春日神社から東にかけて南北516m、東西252mの敷地があったといわれる
 四条大路(四条通)の北側、道祖大路(佐井通)の東側にあった
 淳和上皇の崩御の後、皇后 正子内親王が御所とされ、その後、「淳和院」と称される尼僧道場となる
 1992年(皇紀2652)平成4年から1993年(皇紀2653)平成5年
 ジョーシン1番館の建設に伴う発掘調査により、掘立柱建物跡群、測溝、門跡などが見つかる
 瓦、土師器、須恵器、灰釉陶器、金物の製作工房跡とみられる出土品なども発掘された

 高山寺の門前脇には「淳和院跡」の石碑が立てられている

 <春日通>
 西大路通の1つ西にある南北の通り
 2009年(皇紀2669)平成21年
 「佐井通」から「春日通」に変更される

 <京都十六社朱印めぐり
 1月1日-から2月15日
 16社を巡拝し、各社より朱印を授かる
 すべての神社を参拝すると一年間のあらゆるご利益が得られるといわれる

 <西大路七福社ご利益めぐり>
 正月元旦から2月

西院春日神社の写真集

【西院春日神社へのアクセス】

 阪急電車 西院駅 徒歩約5分
 嵐山電車 西院駅 徒歩約5分
 市バス 西院巽町 徒歩約5分

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