本因坊発祥の地(ほんいんぼうはっしょうのち)

所在地:京都市中京区寺町通夷川上ル藤木町   地図情報

本因坊発祥の地(ほんいんぼうはっしょうのち)は、囲碁の名人(後の本因坊算砂)が住んでいた寂光寺 塔頭 本因坊の跡地

寺町通の夷川通の交差点付近の歩道上に駒札と、石の碁盤、石のベンチが置かれている

【本因坊発祥の歴史・経緯】

【本因坊算砂】

 本因坊算砂(ほんいんぼう さんさ)は、寂光寺二世 日海上人(にっかいしょうにん)の号
 寂光寺の塔頭 本因坊に住んでいた

 碁を、堺の仙也老人(せんやろうじん)に学ぶ

 碁の名手となり、碁所の開祖とされる

 当時、敵手がいなく、織田信長から「名人」の名を贈られた

 日海上人は、本能寺の変の前夜も、織田信長に呼ばれて碁を打っていたといわれる

 豊臣秀吉にも碁を教える

 徳川家康の命により、寂光寺を弟子に譲り、幕府の碁所を任され、「本因坊算砂」と改名する

 以降、「本因坊」の名は碁界の家元とされ、技量に優れた者が世襲で受け継がれた

 本因坊家は、4代 道策(どうさく)のとき江戸へ移った

【その他】

 <寂光寺>
 豊臣秀吉の都市改造政策により、「本因坊発祥の地」に石碑がある寺町通竹屋町へ移転してきた後、
 江戸時代中期、洛中に起きた大火災で罹災し、仁王門通東山西入ルの現在地に移った

 本因坊5代までのお墓と本因坊碑がある
 碁所の開祖の算砂の画像や、関白 近衛家から拝領した唐桑(からくわ)の碁盤、算砂直筆の囲碁狂歌などを所蔵している

【本因坊発祥の地へのアクセス】

 地下鉄 東西線 市役所前駅から北に約500m

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