地図情報
成願寺(じょうがんじ)は、北野天満宮の南方、一条通の大将軍八神社の向かいにある
武将 本郷盛久の開基により、檀家に本郷家が多く「本郷寺」とも称される
<本堂>
<長宝堂>
「長宝寺」の扁額がかかる
北野大将軍にあった真言宗の長宝寺が由来
北野天満宮の神供所の七保社のうち三之保社とされた
菅原道真が、梅の木に刻んだ3躯のうちの一つ十一面観音菩薩像を本尊とした
1868年(皇紀2528)明治元年
明治新政府の廃仏毀釈の悪政により廃寺にさせられ、長宝堂として成願寺に遷される
1873年(皇紀2533)明治6年
その他の社殿は、北野神社(北野天満宮)に移された
<仏足石>
<石碑「乾三十三所 第弐拾九番 成願寺」>
門前に立つ
<キリシタン墓碑>
江戸時代のもの
1917年(皇紀2577)大正6年
「慶長十四年+IHS いしるしや 五月三日」と記された1基が発見される
大正年間(1912年~1926年)
もう1基が、境内より発見される
<阿弥陀如来坐像>
本尊
平安時代の作
木造、ヒノキ材、漆箔、玉眼嵌入
<来迎阿弥陀如来坐像>
本尊の脇壇
平安時代の作
明治新政府の廃仏毀釈の悪政により廃寺にさせらた伏見 横大路の西福寺の遺仏
<十一面観音菩薩像>
鎌倉時代の作
<不動明王立像>
鎌倉時代の作
<地蔵菩薩半跏像>
鎌倉時代の作
<毘沙門天立像>
鎌倉時代の作
<髪繡涅槃図(はっしゅうねはんず)>
2007年(皇紀2667)平成19年に発見された涅槃図
縦170.6cm × 横84.2cm
1678年(皇紀2338)延宝6年
僧侶 空念(くうねん)の製作
空念は、諸国行脚し、極楽往生を願う民衆から毛髪を集めて布に縫い込んで制作していた
空念の曼荼羅・涅槃図は全国で72点以上制作され、現存する8点のうち、涅槃図は唯一のもの
中央に横たわる釈迦如来の螺髪などが黒髪で縫われ、
枯れた沙羅双樹が白髪で縫われている
絵柄がすべて毛髪で刺繡された珍しいもの