養源院(ようげんいん)は、相国寺の境内の西部、普廣院の北にある塔頭
常光国師 空谷明応(くうこくみんのう)の法嗣 曇仲道芳(どんちゅうどうぼう)の菩提寺
秘仏 毘沙門天像が祀られている
<本堂>
<書院 相和亭(そうわてい)>
近衛家の桜御所より移築された
<庭園>
書院前にある池泉回遊式庭園
白砂、飛石、池、植栽されている
近衛家邸宅より移築、復元された
<茶室 道芳庵(どうほうあん)>
<薬師如来像>
本尊
<秘仏 毘沙門天像>
門前に石標「開運毘沙門尊天」が立てられており、
本堂には「多聞天」の扁額が掲げられている
鎌倉時代の慶派仏師の作といわれる
寄木造、像高170cm
江戸時代
相国寺近くの奈良屋与兵衛の夢に毘沙門天が現れ、
像を修復し人々に参拝するように告げよとの夢告があった
その後、像が発見されたといわれ、像の法要が催されたときには、伊藤若冲の絵などが公開された
<創始 曇仲道芳(どんちゅうどうぼう)>
常光国師 空谷明応(くうこくみんのう)の法嗣
有数の学僧で、足利義満、足利義持に重んじられ、生涯黒衣として終始したといわれる
<薩摩病院>
幕末維新
鳥羽・伏見の戦いで、薩摩藩にも多くの負傷者が出たため、養源院に薩摩病院が設けられた
イギリス人外科医 ウィリアム・ウィリスが、通訳アーネスト・サトウとともに外国人として初めて京都に入り、病院を訪れ治療にあたった