大本 梅松苑(ばいしょうえん)

所在地:綾部市本宮町   地図情報

祭神:大天主太神(天之御中主之神や大国常立之神)

創建:明治25年(1892年)

通称:おおもとさん

 大本 梅松苑(ばいしょうえん)は、綾部市にある本宮山一帯にある、大本の2つの聖地のうちの一つ

 梅松苑は、大本本部 綾部祭祀センターと称され、大本発祥の地であり「祭祀の中心地」とされる

 大本のもう一つの聖地、亀岡市亀山城跡にある天恩郷は「宣教の中心地」とされる

 20世紀の最大の木造建築といわれる長生殿など、多くの神殿が建ち並んでいる

 大本の信徒だけでなく、日々、神前結婚式や病気・悩み事の平癒祈願などが行われている

【 梅松苑の歴史・経緯】

【 梅松苑の祭神】

 <大天主太神(おほもとすめおほみかみ)>
 宇宙の大いなる根本となる主の神とされ、
 日本では、古事記などにも登場する天之御中主之神(アメノミナカヌシノカミ)、大国常立之神(オオクニトコタチノカミ)とされ、
 世界各地では、その地の風習に応じてゴッド・エホバ・ブラフマ・ゼウス・ユピテル・至聖先天老祖・大日如来などとされる

 「万教同根」の真理に基づき、各宗教宗派が大和協力するよう、活発な宗教協力・宗際化活動が行われている

 大天主太神は、古事記においては、
 天之御中主之神(アメノミナカヌシノカミ)は、別天津神(コトアマツカミ)の中の造化三神の一柱で、
 天地開闢の時に最初に現れた神とされる

 大天主太神は、日本書紀においては、
 大国常立之神(オオクニトコタチノカミ)は、天地開闢の時に最初に現れた神とされ、
 陽気のみを受けて生まれた神で、全く陰気を受けない純粋な男性の神(純男神)と記されている

 室町時代吉田神社吉田兼倶によって唱えられた吉田神道では、
 大天主太神と同様に、天之御中主之神と大国常立之神を同一神とし、宇宙の根源の神(大元尊神)とされた


 <二元相合>
 日月、水火、和魂・荒魂、幸霊・奇魂など、陰陽二元が合わさって調和のとれた一つが生み出されるとされる
 大天主太神の厳霊(げんれい)(いづみたま)を、大国常立之神、
 大天主太神の瑞霊(ずいれい)(みづみたま)を、豊雲野尊(トヨクモヌノミコト)とされる
 古事記においては、大国常立之神は神代七代の最初の神、豊雲野尊は二番目の神とされる



【参拝方法】

 <一揖 二拝 四拍手 一拝 一揖(いちゆうにはい よんはくしゅ いちはいいちゆ)>
 出雲大社や宇佐神宮、大本などでは、古儀にのっとり、四拍手で参拝される
 一揖(いちゆう)は、1度、軽く30度ほどに頭をさげる
 二拝(にはい)は、2度、90度平伏するように頭をさげる
 四拍手は、右手を左手の中指の第二関節まで引て、4度拍手する

【 梅松苑の境内】

 綾部市の中心部を流れる清流 由良川(和知川)のほとりにある本宮山一帯に、多くの神殿が建ち並んでいる

 広大な庭園には四季折々の花が咲き、秋の紅葉も名所になっている

 <長生殿(ちょうせいでん)>
 本宮山の麓に造られた祭祀の中心神殿
 20世紀最大の木造建築といわれる
 5棟の建物から構成されている
 樹齢300年以上の木曽檜など1800本が使われ、日本の伝統的な建築技法を駆使されている
 国立京都迎賓館の建設時には参考にされたといわれる
 1992年(皇紀2652)平成4年に完成


 <みろく殿(国の登録有形文化財)>
 二代教主 出口澄子の教示により造られた神殿
 高さ21.2m、桁行46m、梁間中央部と脇間が31m、屋根銅板葺、入母屋造妻入、裳階(もこし)を廻す
 西面に、入母屋造の玄関、東面に神殿などが付属する
 千畳敷とも称される789畳敷で、建物内部には1本の柱も立っていない大広間の貴重な木造建築物
 大本事件により破壊される
 1953年(皇紀2613)昭和28年4月に再建される
 1992年(皇紀2652)平成4年に長生殿が建立されるまで中心神殿だった


 <本宮山(ほんぐうやま)>
 「鶴山(つるやま)」「丸山(まるやま)」とも称される
 山頂には、主神(すしん)を鎮祭している至聖所の月山不二(つきやまふじ)や、
 開祖の初発の「うぶごえ」が刻まれた神声碑(しんせいひ)や教碑(きょうひ)が立っている

 平安時代には、ここに平清盛の居城があったといわれる


 <金竜海(きんりゅうかい)>
 竜宮の乙姫(玉依姫神と豊玉姫神)の住まいどころとされる
 八百万(やほよろず)のご龍体の神々が集まっていることから、神海からみたら金の水になっているといわれる
 日本が世界の縮図として世界の五大州の模した島が築造されている
 大和島(四国・オーストラリア大陸)、大八州島(九州・アフリカ大陸)、六合大島(北海道・北アメリカ大陸)、
塩釜島(台湾・南アメリカ大陸)、金竜海周辺が本州・ユーラシア大陸とされる
 大和島(やまとしま)には、みろく橋・きんりゅう橋がかかっている
 1914年(皇紀2574)大正3
 開祖 出口なおが築造を望まれており、聖師 出口王仁三郎の教示で信徒らにより造成され、1917年(皇紀2577)大正6年に完成
 1936年(皇紀2596)昭和11年
 第二次大本事件で埋められ、グランドにされる
 1948年(皇紀2608)昭和23年1月から1951年(皇紀2611)昭和26年
 金竜海が、4年間かけて再造成される
 2005年(皇紀2665)平成17年11月
 大本開教120年記念の先駆け事業として、陸続きだった大和島(やまとしま)が復元される

 <沓島神社(めしまじんじゃ)>
 金竜海の沓島(めしま)に祀られている
 祭神:国常立大神・日の出の神・竜宮の乙姫

 <冠島神社(おしまじんじゃ)>
 金竜海の冠島(おしま)に祀られている
 祭神:雨神・風神・荒神・岩神・地震神・八大竜王

 <大八州神社(おおやしまじんじゃ)>
 金竜海の大八州島に祀られている
 祭神:みろくの大神・いづみたまの大神・みづみたまの大神

 <大本塩釜神社(おほもとしおがまじんじゃ)>
 金竜海の塩釜島に祀られている
 祭神:伊邪那岐命伊邪那美命・乙米姫命
 安産守護の神


 <長命水>
 霊水が湧いている井戸


 <古民家「木の花庵」(重要文化財)>
 金竜海の奥に保存されている
 江戸時代中期の丹波地方の典型的な農家建築物
 名前は、富士山の神さんである木花咲耶姫命にちなむ


 <元屋敷(もとやしき)>
 開祖 出口なおの家があった大本発祥の地
 1892年(皇紀2552)明治25年2月3日
 開祖 出口なおに神がかりされ、艮の金神(うしとらのこんじん)の御名によりお筆先を書かれたところ

 <銀明水(ぎんめいすい)>
 開祖 出口なおの元屋敷の中央にある井戸


 <榎の神木>
 みろく殿の前に立っている


 <松香館>
 事務所、祭祀用具や書物などの売店、宿舎がある


 <奥都城(おくつき)>
 歴代教主と信者たちの墓地
 梅松苑から500mほど西南にある天王平(てんのうだいら)と称される丘の上にある




【 梅松苑の祭事】

 <節分大祭>
 2月3日(節分)
 世界の平和と人類の幸せを祈り、世界中の世、一身一家の一切を祓い浄める大潔斎神事 人型大祓行事が、 夜を徹して行われる
 和紙で作られた人型に、住所・氏名を記し、これを身代わりとして浄める
 全国・海外の祈願者から寄せられた人型は、長生殿で参拝者が夜を徹して祝詞を奏上するなか、
数百人の祭員と瀬織津姫の手によって、一枚一枚祈願を込めて、素焼きの壷に納められ、
綾部市内を流れる由良川(和知川)で、神言奏上のうちに清流に流し、災いが祓い浄められる

 <みろく大祭>
 5月5日 春の大みまつり
 みろくの世の到来を感謝・祈念される

 <大本開祖大祭>
 11月の第1日曜日 秋の大みまつり
 その年の収穫に感謝する新穀感謝祭もあわせて行われる


 <月次祭>
 毎月第1日曜日

【 梅松苑へのアクセス】

 JR山陰本線 綾部駅より南東へ徒歩約15分

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