京都市電北野線記念碑 京都通メンバ
北野線記念碑 所在地:京都市上京区今出川通中立売東南角今小路町 
   名所地図情報名所

京都市電北野線

路線距離:6.3km
電停数::21

全区間:狭軌路線(1067mm)・併用軌道・複線・電化(直流600V)

別称:N電・狭軌線・チンチン電車
旧称:堀川線

 京都市電北野線記念碑(きょうとしでんきたのせんきねんひ)は、京都市電北野線があった記念の石碑

 北野天満宮の南東、今出川通中立売通の東南の角の石碑が立つ

 京都市電北野線は、京都駅前から北野天満宮の南東まで走っていた

 京都市電北野線記念碑は、京都市電の北野駅があったところに立つ

【京都市電北野線の歴史・経緯】


京都市電北野線】

 <電停(停車駅)>
 京都電気鉄道からの買収時
 堀川線
 京都駅前 - 七条西洞院 - 四条西洞院 - 四条堀川 - 二条城前 - 堀川丸太町 - 堀川下立売 -
堀川中立売 - 千本中立売 - 下ノ森 - 北野

 京都市電の停車駅
 北野線
 京都駅前 - 七条西洞院(七条線と接続) - 西洞院正面 - 西洞院六条 - 西洞院五条 -
西洞院松原 - 西洞院仏光寺 - 四条西洞院 - 四条堀川(四条線と接続) - 堀川蛸薬師 -
堀川三条 - 堀川御池 - 二条城前 - 堀川丸太町(丸太町線よ接続) - 堀川下立売 -
堀川下長者町 - (堀川) - 堀川中立売 - 西陣職業安定所前 - 千本中立売(千本線と接続) -
下ノ森(北野車庫) - 北野

 <走行区間>
 京都駅前(現在の新阪急ホテル前付近)から塩小路通を西進し、東中筋通を北進、
四条西洞院で西進、四条通を西進、四条堀川で北進し、東堀川通を北進、堀川中立売で西進し、
中立売通を経て北野(北野天満宮の南東)

 路線距離6.3km
 停留所数21

 全区間が狭軌路線(1067mm)で「狭軌線」「N電」とも称された
 四条西洞院 - 四条堀川の間は、京都市電四条線の標準軌(1435mm)と重なり、レール3本の3線軌条複線になっていた
 全区間が道路上に敷設された併用軌道になっていた

 車両は、後方の車掌と運転手との間の合図に、車両内に張られた紐を引いて鐘を鳴らしていたため、
 「チンチン電車」「北野のガタ電」とも称された

 <車庫>

 北野(下ノ森)車庫
 子ども文化会館(上京区滝ケ鼻町)(現在は閉鎖)にあった
 敷地面積:1377坪(4541.78m2)
 在籍車両数:28両


【京都市電北野線記念】

 <石碑「京都市電北野線記念碑(きょうとしでんきたのせんきねんひ)」>
 北野天満宮の南東、今出川通中立売通の東南の角の石碑が立つ

 建立年:1971年(皇紀2631)昭和46年7月31日
 建立者:鉄道友の会京都支部
 大きさ:高さ95cm × 幅18cm × 奥行16cm
 碑文:
 (西側)京都市電北野線記念碑
 (南側)北野線(京都駅北野間)は明治二十八年九月二十四日京都電気鉄道により開通
     昭和三十六年七月三十一日の廃止まで日本最古の電車の面影を伝えて活躍した
 (北側)昭和四十六年七月三十一日 鉄道友の会京都支部


 <金属プレート「北野とチンチン電車」>
 一条通七本松北西角の三角広場にある

 <市電モニュメント>
 一条通七本松北西角の三角広場にある

 <市電レリーフ>
 一条通沿いの北野商店街の歩道に敷かれている

 <日本最古の電車
 平安神宮の南神苑に置かれている
 1895年(皇紀2555)明治28年1月31日
 日本最初の交通輸送業電車として、京都電気鉄道が運行したもの
 京都市より払下げを受けて保存されている
 車体は、梅鉢鉄工所の製作、電動機は、アメリカゼネラルエレクトリック社製



【京都市電北野線記念へのアクセス】

 市バス 北野天満宮前
 嵐電 北野白梅町駅 徒歩約5分


【京都検定 第5回2級】

【京都検定 第9回2級】

【京都検定 第12回2級】

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