一華院(いっかいん)
(IkkaIn) 京都通メンバ
所在地:京都市東山区本町15丁目 
   卍地図情報卍

臨済宗東福寺派大本山東福寺塔頭

本尊:白衣観音菩薩

創始:1382年(皇紀2042)弘和2年/永徳2年

創始:東福寺第67世 東漸建易(とうげんけんえき)

 一華院(いっかいん)は、東福寺境内の中部にある塔頭

 臥雲橋がかかっている南北の通りの中程、同聚院の南側にある

 本堂の周りに、四神相応に値する四方を守護する四神を見たてた「四神の庭」がある

【一華院の歴史・経緯】


【一華院の伽藍】

 <四神の庭>
 本堂の周りに、四神相応に値する四方を守護する四神を見立てた庭園がある
  東庭:青龍
  西庭:白虎:虎靠山の庭
  南庭:朱雀:依稀松の庭
  北庭:玄武:彷彿石庭

 <方丈南庭「依稀松の庭(いきまつのにわ)」>
 方丈から眺める額縁庭園
 苔の絨毯の上に1本だけ枝が伸びた大きな松がある枯山水庭園
 庭の左手(東側)の一本松の枝が、中央(西側)に伸びる長い枝ぶりが、朱雀に見立てられている
 石組はなく、苔地の中央に蹲踞、南西に塔灯籠が置かれている
 背後の皐月(さつき)などの大苅込は朱雀の背後にそびえる山々を現し、朱雀が近くを飛んでいる姿に見える
 作庭家 重森千靑の作庭

 庭の名前の由来は、禅語の「依稀松屈曲彷彿石爛班」にちなむ
 松の枝ぶりが龍によく似ていても、松は龍を象るものではなく、曲がった松そのものである
 石の斑紋が虎によく似ていても、石は虎ではなく石そのものである
 庭は、松を松として石は石として、ありのままの姿を鑑賞することを説いている


 <方丈北庭「彷彿石の庭(ほうふつせきのにわ)」>
 蓬莱神仙思想に基づいた鶴亀庭園
 十五石が縁起のよい七五三石組として置かれている
 手前の石組を玄武の亀に、フッキソウを玄武の蛇に見立てられている
 玄武がいるように黒系の石で州浜が現わされている
 中央の島は鶴亀の島、
 最奥の島は蓬莱島と蓬莱山の石組で、不老不死の薬があるとも、仙人が住むといわれている縁起の良い島
 作庭家 重森千靑の作庭

 庭の名前の由来は、禅語の「依稀たり松の屈曲、彷彿たり石の爛班」にちなむ
 南庭の対句で、石の模様や形が様々な姿に現れているという意味がある


 <西庭「虎靠山の庭(ここうざんのにわ)」>
 西は白虎が守護しており、虎の子渡しを表した庭
 作庭家 重森千靑の作庭

 庭の名前の由来は、禅語の「如龍得水 似虎靠山」にちなむ
 「水を得た龍や、山に入った虎の様に、本来あるべき姿に戻れば本領を発揮する」という意味


 <東庭>
 高く聳える黒松を青龍に見立てられている



【一華院の寺宝】

 <白衣観音菩薩坐像
 本尊
 室町時代の作

 <阿弥陀如来坐像>
 本尊の脇侍
 江戸時代の作

 <達磨坐像>
 本尊の脇侍
 江戸時代の作

 <大仏蓮華台花弁>
 東福寺創建時の仏殿に祀られていた15mの釈迦如来の大仏の蓮華台の花弁の一つ
 南北朝時代のもの
 1881年(皇紀2541)明治14年
 東福寺が焼失し、その類焼を免れた大仏蓮華台の花弁が、塔頭に一枚ずつ配布された一つ

【その他】

 <一華院の名前の由来>
 禅宗の開祖 達磨大師が、弟子の二祖 慧可大師(えかたいし)に、詠んで与えたという伝法偈
 「吾れ本と茲土に来たり 法を伝えて迷情を救う 一華五葉を開き 結果自然に成る」にちなむ
 開運吉祥の語
 一つの華が五枚の花弁を開き、やがて自ら実を結ぶように、
禅を実践して五つの花弁の意味を知り自分の心の華を開くという教え
 五弁の意味は、ありのままを受け入れる心、純粋な心、分け隔てのない心、
人を想う心、すべてはおかげさまといただける心を意味する

【一華院へのアクセス】

 市バス 東福寺 徒歩約7分
 京阪電車 東福寺 徒歩約10分
 JR奈良線 東福寺 徒歩約10分

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