官休庵(かんきゅうあん)は、武者小路千家の流祖 一翁宗守(千宗旦の次男)が創建した茶室
京都御苑と堀川の間、西洞院通が武者小路通に突き当たった北側にある
「武者小路千家」の名は、官休庵が、武者小路通に立つことに由来する
官休庵のほか、半宝庵・環翠園・祖堂・弘道庵・起風軒など名席が飛石でつながっている
露地には、石灯籠などがおかれている
<武者小路千家茶室官休庵 1棟(国の登録有形文化財)>
主屋の北付属棟の東にある
武者小路千家の初代 一翁宗守好みの茶室として再建される
1畳の客座と台目の点前座との間に5寸2分幅の半板を入れた独特の平面
東に2つの下地窓、南に躙口と下地窓を開き、北に水屋が続く
屋根は桟瓦葺で螻羽と、軒はこけら葺
千宗旦の筆の扁額「官休」がかけられている
木造平屋建、瓦葺一部こけら葺、建築面積11m2
1926年(皇紀2586)大正15年の再建
2004年(皇紀2664)平成16年11月29日 国の登録有形文化財に登録される
<編笠門>
武者小路千家の象徴の一つとされる中門
20年ごとに屋根の葺替が行われている
<学院棟>
茶道研修の場
<石碑「千宗守居士遺蹟官休庵(せんのそうしゅこじいせきかんきゅうあん)」>
門前に立てられている
建立年:1928年(皇紀2588)昭和3年
建立者:京都史蹟会
大きさ:高さ128cm × 幅18cm × 奥行18cm
碑文:
(南側)千宗守居士遺蹟 官休庵
(東側)昭和三年十一月
(西側)京都史蹟会建
<名前の由来>
「官休庵」は、流祖 一翁宗守が、父親 千宗旦と相談して茶室を造ったときに、父親 千宗旦に命名してもらったといわれる
その意味は不詳
茶室 官休庵には、千宗旦の筆の扁額「官休」がかけられている
1774年(皇紀2434)安永3年
一翁宗守の百年忌のとき、
大徳寺第390世 眞巌宗乗(しんがんそうじょう)による頌には、
「古人云官因老病休 翁者蓋因茶休也歟(茶の湯に専念するために、官(茶道指南)を辞めたのであろう)」と記されている