紫式部(むらさきしきぶ)(Murasakishikibu)

紫式部(むらさきしきぶ)は、平安時代中期の女性作家、歌人

生年:不詳
没年:不詳

本名:不詳
父親:漢学者 藤原為時(ふじわらためとき)

中古三十六歌仙の一人

別称:日本紀の御局

 紫式部(むらさきしきぶ)は、平安時代中期の女性作家、歌人

 源氏物語」の作者とされる

【紫式部の歴史・経緯】


【紫式部の主な作品】

 <「源氏物語」>
 日本文学史上、最高傑作といわれる54帖にわたる大作

 <「紫式部日記」>
 宮仕えをしていたときの日記

 <歌集「紫式部集」>

 <小倉百人一首
 「めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに 雲がくれにし 夜半の月かな」
 廬山寺歌碑が立っている

 中古三十六歌仙の一人とされる

【名前】

 紫式部の本名は不明

 <紫式部>
 一条天皇の中宮 上東門院に仕えたときの女房名
 「源氏物語」に登場するヒロイン「紫の上(むらさきのうえ)」と、父親が勤めた官名「式部大丞」による

 <あだ名「日本紀の御局」>
 一条天皇が「源氏物語」を女官に読ませて聞いていたときに「この物語の作者は日本書紀をよく読んでいるに違いない」と
褒めたことを聞いていた他の女官が、「女性なのに漢文を読むのは女らしくない」と付けたあだ名

【紫式部のゆかりの地】

 <廬山寺
 紫式部の邸宅跡で「源氏物語」の執筆地といわれ、源氏の庭には「紫式部邸宅跡」の石碑が立つ

 <引接寺
 北西隅に建つ十重石塔(重要文化財)
 紫式部の供養塔といわれる
 一般的な塔は13重などの奇数だが十重塔としても珍しい
 1386年(皇紀2046)至徳3年の刻銘がある
 圓阿上人(えんあしょうにん)により建立

 <お墓>
 京都市北区紫野西御所田町堀川通北大路下ル西側
 淳和天皇の離宮があったところ
 紫式部が晩年に住んだといわれ、後に、大徳寺の別坊となった雲林院百毫院の南にあたる
 小野篁の墓に隣接して建てられている
 1989年(皇紀2649)平成元年
 社団法人 紫式部顕彰会によって整備された

 <清和院
 清和天皇が住まわれ、清少納言紫式部も、当 清和院で宮仕えをしていたといわれる

 <涌泉寺
 桜井水は、昔から、涸れることなく湧き出し、自然石で囲った浅い井泉に広がっている名水
 紫式部が「春めける 声にきこゆる 鶯は また桜井に すめるなりける」と詠んだ

 <平野神社
 10月初旬に紫式部祭が行われ、祭典・速水流献茶・舞楽が奉納される
 1994年(皇紀2654)平成6年
 桜苑内に200株の「紫式部」が植樹される
 見頃は、10月1日〜30日頃

 <宇治市 源氏物語ミュージアム
 宇治市のふるさと創生事業を契機にした、源氏物語をテーマにしたまちづくり事業の中核施設

 <上賀茂神社
 第一摂社 片山御子神社は、縁結びの神さんともされる
 紫式部が縁結びを祈願して何度も参拝したといわれる
 「ほととぎす 声まつほどは 片岡の もりのしづくに 立ちやぬれまし」(新古今和歌集第三巻 夏歌)
 将来の結婚相手の声をほととぎすにたとえて、待つ間、朝露に濡れながらも片岡の木の下で待っていましょうという意がある

【その他】

 <2000円札>
 裏面右側に紫式部の肖像画、左側には「源氏物語絵巻」第三十八帖「鈴虫」その二の絵と詞書が
デザインされている

 <時代祭
 時代行列の平安時代婦人列に登場する
 1950年(皇紀2610)昭和25年
 時代祭が復興され、この年より婦人列も加わる


【京都検定 第1回3級】

16.紫式部の邸宅跡として伝えられ、「鬼の法楽」の名で知られる節分会の行われる寺院はどこか?

【京都検定 第5回3級】

【京都検定 第13回3級】

【京都検定 第15回3級】

【京都検定 第16回3級】

【京都検定 第2回2級】

【京都検定 第3回2級】

【京都検定 第4回2級】

【京都検定 第7回2級】

【京都検定 第8回2級】

【京都検定 第16回2級】

【京都検定 第3回1級】

【京都検定 第4回1級】

【京都検定 第5回1級】

【京都検定 第12回1級】


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